第150話 呪い

「イルマルガリータ様は、わたしを、かつて――《最後の被験者》と呼んだわ」



 今、自分はその訳を理解している。


 多くの人間を犠牲にした、実験の意味も。



「そうよ、あなたは被験体。あの村が自分の故郷だったことも思い出したのね?」



 リクヴィル村は、フィルメラルナの故郷だ。



 廃墟となった教会の横で、ひっそりと咲いていたダリアベッチェルの花。


 それが、フィルメラルナの僅かな記憶を呼び覚ました。



 同郷のイルマルガリータとも、何度も会ったことがある。


 彼女は幾度も忍んで村にやってきて、幼いフィルメラルナに暗示をかけていった。


 あの町娘の服装で。



 額の聖痕は額輪で隠されていたが、接した時間も少なくはないのだ。


 記憶を取り戻した今、間違いだとは思えない。


 朧げな記憶の中で、母のように感じていた人物はイルマルガリータだった。



 フィルメラルナは強い暗示をかけられた状態で、ガシュベリル領のグザビエ・ブランの家に引き取られた。



 そして、イルマルガリータはリクヴィル村と関係する人々をすべて処刑した。


 フィルメラルナ、ただ一人を残して。



 集団催眠が、イルマルガリータ特有の能力だったのだから、自分も町の人間も、グザビエの娘と信じて疑わず。


 脳に刷り込まれた偽りの記憶を頼りに、薬草屋を盛り立てようとしていた。



 花や薬草の栽培、特に絶滅危惧種とされるダリアベッチェルの苗を育て、アベッツ薬としての薬効を抽出する能力は、フィルメラルナがもっていた特殊能力だ。



 今思えば、グザビエが教えてくれたと信じていた薬の知識も偽りで。


 それらはすべて――だったのだ。



 そうして、イルマルガリータの暗示が解けたとき。


 グザビエはフィルメラルナという存在を微かに覚えてはいるが、娘だという認識にまでは至らなかった。


 彼があの劣悪な牢で見せた態度は、当然とも言えるものだったのだ。



 最後に教会で出会ったイルマルガリータは、今度は反対に、町の者たちからフィルメラルナがそこにいたという記憶を奪っていった。


 だから、ガシュベリル領をすぐに離れ出仕したフロリオは記憶を留め、フィルメラルナを覚えていたのだろう。



「わたしは、イルマルガリータ様に作られた、偽りの神妃。この蔦の聖痕は――」



 彼女の唯ならぬ執念と、強い暗示によって継承された、呪いだ。


 神を冒涜し、世界を欺く――罪の証。



 だからこそ。


 フィルメラルナには、神脈を正す力はあるにせよ、イルマルガリータのような絶大な能力は持ち得なかったのだ。


 偽物の神妃であるが故に。


 蒼玉月の影響もそれほど多くは受けないのだろう。



「呪い……ね。確かにそうとも言えるわ。だけど、イルマルガリータは無慈悲ではなかった。あなたには蒼玉月の毒を相殺する力がある。薬草を育てる力は当時僅かなものだったはずだけど、暗示によって引き出されていったのよ。あなたを神妃という囚人としてしまった、それはイルマルガリータのせめてもの贖罪だったのかもしれないわ」


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