第145話 わたしが悪いの
「しかし、せっかくの
アルスランは両手に抱える荷物の布を取り払った。
長方形の鉢の中、土の上でわずかに出た芽が枯れていた。
「大丈夫、種はもう少し手元にあるから」
何の問題もないと、フィルメラルナは笑顔を返した。
この植物を人工的に栽培できるのは、自分だけだと分かったからだ。
かつて〈聖見の儀〉のあとに、二人に難題を押し付けたままで、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
神妃には隠された力がある。
そう、もう理解している。
自分がなぜ、薬草屋の娘だったのか。
そして自分がいなくなった今、父親グザビエ・ブランは、既に薬草屋を閉めているだろう。
彼には、その能力はないのだから。
「アルスラン、その鉢植えを、この部屋のバルコニーに置いてくれる?」
「ええ、しかし」
「そうね、土はもう一度あとで新しいものに変えて欲しいわ。でも、種を撒くのも育てるのもわたしが自分でする。お願いだからもう泣かないで、ジェシカ」
アルスランに指示を出しながら、ひっくひっくとしゃくり上げるジェシカを宥める。
こうしていると、まるで近所の子どもたちと遊んでいた頃を思い出す。
その記憶は、《集団催眠》で操作されてしまったのだろうが。
イルマルガリータ、彼女が持つ特殊能力、その一つで。
「毎日水をやる必要があるから、水瓶は部屋に運んでくれる?」
ジェシカの顔を覗き込めば、コクリと小さく頷いてくれる。
やっと泣き止んだ彼女は、誠心誠意これからもフィルメラルナを支えてくれる、そんな表情を見せた。
「このような失態、私はあなたにどう償えば良いのでしょう」
生真面目なアルスランは思いつめているようだが、フィルメラルナは笑い飛ばした。
「ここに来る前のわたしは、薬草屋の娘だったの。小さいけれど薬草園を持っていたわ。土いじりだって大の得意よ。神殿で働くあなたたちに、不相応の仕事を頼んでしまったわたしが悪いの」
「フィルメラルナ様、あなたというお方は――」
眩しそうに碧眼を細めるアルスランは、フィルメラルナの腕を取りその甲にそっと口付けた。
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