第143話 押し寄せる記憶の波

 ――これはなぁに?


 その花は、コダリビインダリン。


 気道を開いて、咳を和らげる薬に使うんだ。



 ――ふぅん。じゃ、こっちは?


 ジェルロッテキオン。


 頭がズキズキしたり、体の痛みを和らげるのに使う。



 ――どれも長い名前。わたしには覚えられないよぉ。


 大丈夫さ、フィーナ。


 ゆっくりひとつずつ覚えていけばいい。


 ずっと二人で、この薬草屋を続けていこう。


 だけど、ほら、この植物だけは先に覚えておくんだ。



 ――ウツボカズラ?


 ははは。


 似ているけれど違う。


 これはダリアベッチェル。


 青い月の毒を消し去る効果がある。



 ――アベッツの素?


 そうだよ、フィーナ。


 おまえは、蒼玉月の影響を受ける体質なのだから。




 ***




 急激に押し寄せる記憶の波に、フィルメラルナは足元をふらつかせた。



 父との会話。



 そう信じていた相手は、誰だったのか。


 今は、父親ではない誰かの声に感じられる。



 ――誰?



 衝撃に、フィルメラルナの全身がぐらりと揺れる。


 その体をエルヴィンが支えてくれた。



「どうかなされたのですか? お加減でも?」



 自分の顔が、蒼白になっていくのを感じた。



「ここは――」



 この場所は、この村は。


 フィルメラルナの記憶の深淵に潜んで、これまで一度たりとも表に出てこなかった映像が、脳裏に鮮明に浮かび上がった。



 けれど。



 緩く頭を振った。


 これが何の兆しなのか、見当がつかないわけではない。


 いや、イルマルガリータの施した力が弱まりつつある中、むしろ当然のように思われた。



(だけど)



 今はここまで。


 これ以上、記憶の波に攫われてはいけない。



「ごめんなさい、少し疲れただけ。大丈夫、帰りましょう」



 心配げなエルヴィンへ、そっと笑顔を向けた。



 そう、急ぐ必要はない。


 イルマルガリータは確かにこの世から消え、手元には遺骨もあるのだ。


 ミシェルが予告した通り、少しずつ真実が明らかになればいい。




 そして――。


 ここからが、大詰めだ。



 漠然とした思いの中、フィルメラルナは覚悟を決めた。


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