第141話 皮肉な笑み

「それに、イルマルガリータ様のご遺体を所持したまま、長い間、神殿へ出頭しなかったなど許されません。ましてや、ご本人の意向とはいえ、頭部を歴史棟に送りつけ、遺骨をあなたに手渡すなど……。いったいどんな説明があれば、ミシェルの正当性が証明できましょう。妹も、そしてイルマルガリータ様も、こうなる未来をすべて想定した上で結託し、我々を振り回していたのです」



 これまで長年に亘り起こってきた、様々な不条理へ怒りをぶつけるかのように、エルヴィンが憤りを吐露した。



「あなたが、もし彼女を斬っていたら、わたしは――」



 どうしていただろう。


 無力なフィルメラルナには彼の行動を抑えることも、ミシェルを守ることもできなかったに違いない。



「ええ、そうです。私は完全にどうかしていたのです。それで何かが変えられるわけではありません。ただ身勝手な妹を、これ以上好きにさせるのは許せないと……狭量でした。そんな私の馬鹿げた行動を、フィルメラルナ様、あなたは止めてくださったのです」



 まるで達観でもしたかのように、清々しい表情を向けるエルヴィン。


 フィルメラルナの心臓が落ち着きをなくす。



「そ、そんなことには、ならなかったと思うわ。あなたはいつも憎らしいくらい、冷静沈着な神殿騎士卿よ」


「いいえ。私も一人の人間なのです。あなたと違い、神に選ばれた者ではありません。人並みに間違った判断もすれば、非道な行動だってします。精神的にも追い詰められていた今、私がミシェルに何をしてもおかしくはありませんでした」



 自嘲するように、皮肉な笑みを浮かべる。



「私を止めてくださったのは、紛れもなくあなたなのです」



 意味が分からない、とフィルメラルナは首を傾げた。


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