第139話 涙の行方

 けれど、そうしたならば。



 彼女の気持ちはどうなる?


 決意はどう扱われる?



 その想いは、握りつぶされてしまうだろう。


 そして、何よりも。



 最悪の場合、その手は下さずとも、神妃を自死から救えなかった罪を、問われてしまうかもしれない。


 そうでなくとも、彼女への詰問は免れず、それこそ重罪人として牢に閉じ込められ、何年も拷問のような日々を過ごすことになる可能性だってあるのだ。



 父親グザビエが囚われていた、あの場所に。



「エルヴィン――」



 フィルメラルナは、サーベルを握る彼の腕に己の手を重ねる。



「行かせてあげて。彼女には、彼女の選んだ道があるんだわ」



 それが慈悲だと思った。


 エルヴィンが神殿騎士卿であるからこそできない判断ならば、フィルメラルナが促せば良い。



 仮にも神妃という地位があるのだ。


 自分の我儘で彼女を逃したと言い切れる。



 そもそも、この邂逅すらなかったことにできるならば、尚更それがいい。



「お願い、彼女を自由にしてあげて」



 もう一度そう訴えて、エルヴィンの腕を揺さぶった。


 やっとフィルメラルナの声が届いたのか、驚くほど握り締められた腕からスッと力が抜けていく。



「――行け、私の愛する妹は死んだのだ。もう二度と会うこともないだろう」



 悲しげに寄せた眉の下、青い瞳がミシェルへと視線を飛ばしていた。


 もう二度と会えないその姿を、可能な限り脳裏に焼き付けておこうとでもいうように。



「ありがとうございます、フィルメラルナ様。そしてお兄様、どうかお元気で」



 ミシェルは深々と頭を下げた。



「フィルメラルナ様、あなたには辛い思いをさせたと、イルマルガリータ様は謝罪しておいででした。そして、ここまで彼女が追い詰められてしまった真実も、そのお骨を手にしたあなたにはいずれ明かされるはずです。どうか、イルマルガリータ様の苦しみを、あなただけは分かってあげてください。そしてあのお方の罪を赦して差し上げてください」



 言い切ると。


 ミシェルは俊敏な動作で、廃墟となった教会の裏口から走り去ってしまった。



 黒い外套を目深に被り、きっと涙に頬を濡らしながら。


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