第120話 恋の封印場所

 若草色に塗られた、壁一面を飾る絵。


 それらは何十――いや、何百枚もの絵画だった。



 その中に描かれている人物は。



 イルマルガリータ。



 額に美しい聖痕を乗せた、金髪緑眼の神妃の姿。


 微笑む彼女、はにかむ彼女、鬼のように怒りを表す彼女。



 様々な表情の彼女が、そこには存在していた。



「いったい、これは――」



 異常だと感じた。



 背筋を悪寒の虫が這い回る。



 見ているこちらが恥ずかしくなるほどに。


 壁に飾られた絵画には、イルマルガリータの魅力が徹底的に描かれすぎていた。



 誰もが賞賛する至高の笑顔のみならず、決して知られるべきではない、醜悪な表情や哀しみの面もあるからだ。



 まるで誰かの凝り固まった、激しく歪んだ愛情のようで。



「断っておくけれど、ここはわたくしの部屋ではないわよ」



 勘違いされては困るとばかりに、ミランダはそう否定した。



 では、この壁を埋め尽くすほど一面に飾られたイルマルガリータの絵は、一体誰のものなのだろうか?



「まさか――」



 フィルメラルナは持ち主の姿を探すように、瞳を左右に彷徨わせた。



「あら、なかなか勘が鋭いじゃない? 額のその聖痕に力でもあるのかしら」



 瞳を細めくすくすと笑うミランダをよそに、フィルメラルナは確信していた。




 ここは。



 ユリウス王子の部屋。




 いや、彼の部屋の一つで、一番大切な宝物を閉じ込めておく、秘密の場所に違いない。



 誰にも気づかれてはならない――恋の封印場所。



「ユリウスは病気になってしまったのよ。恋する女の失踪が確定し、代わりに違う女が神妃として現れてしまった。もちろん彼は信じてなかったわ。イルマルガリータがいなくなったなんて認めたくなかったのよ。だけど神妃の部屋へ行ってみれば、黄金の髪の女ではなく、茶色の髪と紫の瞳を持った女がいた。そしてその女の額には、ハッキリと蔦の印が浮き出ていた」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る