第113話 目録士は苦手

「ふぅ。やはり私は、彼に敵視されているようですね」


「ごめんなさい。わたしが悪いの、騙したのだから。彼と侍女に頼み事をして、その手配に動いてくれる時間を利用して、抜け出したの」



 そのせいで、結局は多忙なエルヴィンを城下へまで付き合わせてしまった。


 最終的には、城下に不案内な自分だけでは無事に戻れたか怪しいので、心の底から感謝しているのだけれど。



「護衛騎士と侍女に、どのようなご依頼をされたのですか?」


「えっと……ちょっと、欲しいものがあって」



「私で手配できることでしたら、ご命令くだされば」


「い、いえいえいえ! そんなたいしたものじゃないのっ」



 思わず叫んでしまって、あっと口を両手で塞いだ。


 とても天下の神殿騎士卿エルヴィン・サンテスに頼める用事ではない。



「しかし、彼と話しておられた〈例の薬〉とは?」


「えっ、あぁ、それは、えっと――」



「なにか、私にはお話いただけないような代物なのでしょうか」


「ち、違うわ。あ、頭の……そう! 頭痛薬なの、薬草屋で扱ってたもので」



「――そうですか」



 不自然極まりないフィルメラルナの態度に、納得できないという表情をしながらも、エルヴィンはそれ以上追及しなかった。



「そ、それより、ユリウス王子と」



 話題を逸らしたくて、フィルメラルナは急いで違う依頼を口にした。



「ええ、すぐに王子との席を設けるよう、王宮に掛け合ってみます。ただ――今回の城下への探索は、私とあなたの秘密だとしても、ユリウス王子との謁見については、ヘンデルどのに内密とはいきますまい」


「げっ」



 思わず本音が口から出てしまった。


 あの人は、浮世離れしていて苦手なのだ。



「げ?」


「いいいいえ、なんでもない。その辺もひっくるめて、よろしくお願いしたいわ」



 またまた盛大に焦って両手を振ると、なぜかエルヴィンがプッと吹き出した。


 肩を揺らして、笑いを嚙み殺している。



「そんなに笑わなくても……」


「笑っておりませんよ。ぷっ、くくく」



「……大笑いじゃない」



 呆れてそう呟いたあと、なんだか途端におかしくなって。


 フィルメラルナもクスクスと笑っていた。


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