第111話 猜疑の瞳

 神妃の部屋へと続く回廊を、エルヴィンと二人で歩く。


 フィルメラルナの歩調に合わせ、かつ庶民の格好をした娘を、そつなく隠すよう配慮してくれるのが嬉しかった。



 と。


 もう少しで無事に、神妃の部屋へ辿り着くというところで、見知った人間が前方から現れてしまった。



 視界の先で、アルスランがジェシカと何かを話している。


 二人はすぐに頷きあって別れた。



 そしてその場に残ったアルスランの方だけが、くるりと向きを変え、正面から近づいてくる。


 フィルメラルナは、自身だと気づかれないよう俯いたが、視界の中でアルスランの視線が自分へと刺さり、そのまま離れないことがひしひしと伝わってきた。



(ダメだ……)



 隠しきれない。


 アルスランは町娘の格好をしている娘が、フィルメラルナであることに気がついた。



 驚きを面に張りつけ、そして何か苦いものでも噛み締めたかのような、辛い表情をしている。



 自分が彼らを欺き、変装をして外出していたことを、きっとその頭の隅で想像逞しくしているのだろう。



 その通りなのだから、フィルメラルナに弁解の余地はない。


 素直に謝ろう。



「エルヴィン様とお出かけでしたか。すぐにお部屋にお入りになった方がよろしいかと」



 流石、護衛騎士。


 いろいろと胸中は穏やかではなかろうが、そこは過たず、今すべき最善の方法を的確に言い当てる。



 エルヴィンに指示されるまでもなく、アルスランは廊下の左右を確認したあと、神妃の部屋の扉を静かに開けた。



「アルスラン、君には何の責任もない。私がフィルメラルナ様を無理にお誘いしたのだから」



 背後で静かに扉が閉まると同時に、エルヴィンが申し開きをした。



「神殿騎士卿である、あなたがですか?」



 ありありと不信だという表情で、アルスランが問う。


 そんな嘘には騙されないとでもいうように、猜疑の瞳を隠さない。


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