第110話 自分が自分であること

 まさか。


 彼も好意をもった異性に、悪さをするタイプだったとでも?



 いやいや、やっぱり幼少の頃から、理想的な子供だったのではなかろうか。


 少なくとも場面によって演技をして、良い評価を得てきたに違いないだろうに。



 そんなフィルメラルナが抱く内心を読んだかのように、エルヴィンはくすりと小さく笑う。



「こう見えて、私も普通の子供だったのですよ。人の目を盗んでは、いたずらばかりしていました」



 幼少時ですらきっと綺麗な子供だったのだろうと、フィルメラルナは確信している。



 サラサラの銀糸の髪、透き通る白い肌、蒼い宝石のような瞳。


 どれをとってみても、理想の貴公子そのものの容姿だ。



 特に同世代の女子など、彼を放ってはおかなかっただろう。


 貴族の女子の間で、持て囃される小さな彼の姿を思い起こして、なぜか胸がちくりと痛くなった。



「フィルメラルナ様、あなたはきっとお父上の仕事を健気に手伝う、優しい娘だったのでしょうね」


「どうして……そう思うの?」



「あなたが真っ直ぐな人だと感じるからです。私のように、神殿騎士卿の座を獲得するために、醜い貴族同士の争いに明け暮れることなどなく、のびのびと愛されて育てられたのだと」



 今のフィルメラルナは、苦笑するしかなかった。



 確かに母が生きていた頃は、家族三人で仲睦まじく過ごしていた。


 母が亡くなってからも、父親と前向きな時間を過ごしてきたはずだ。



 なのに、それら全てを否定されて、今があるのだ。



 しかし、そう思う心とは裏腹に、エルヴィンの賞賛にも卑屈になる気持ちはなかった。



 薄れていく記憶に怯える中で、昔の自分が確かにあの町にあったことを肯定してくれるフロリオと、再会したからなのかもしれない。



(いいえ――)



 それだけじゃない。


 確かに、それも一つの切欠なのかもしれないけれど。



 今は誰に認められなくても、自分が自分であることを信じようという気持ちが強くなっていた。



「ありがとう……」



 だから、素直な言葉を返せた。


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