第106話 警鐘のような衝撃

 神殿騎士卿でありながらも、城下の隅々まで熟知しているのか。


 エルヴィンは、迷いなく神殿への門が見える位置へと、フィルメラルナを連れ帰ってくれた。



「ユリウス王子にお会いしてみますか? よろしければ、私が手続きをいたしますが」



 黒縁眼鏡の男から渡されたメッセージについて、考えてくれたのだろう。


 エルヴィンがそう申し出た。



 イルマルガリータが健在だった頃は、ときどきユリウス王子とミランダ王女が連れ立って、神殿に押しかけていたという話だ。


 彼らは自分より尊ばれる神妃という存在を疎んじており、イルマルガリータへの嫌がらせを行っていた。



 もしも、人知れず国王に落胤などが存在するのであれば……。


 現在、第一王位継承権を持つユリウス王子ならば、何か知っていることがあるかもしれない。



「そうね、無理なことでないのなら」



 フィルメラルナは無力だ。


 特に王宮については、ツテも何もない。


 ここは素直に、エルヴィンの好意に甘えておくのが得策だと思った。




 ふと遠く前方へ目をやってみれば、門扉の前で蟠っている人集りが見えた。


 何か小競り合いが起きているらしい。




 ――神妃を自由にすべきだ!


 ――聖女を牢獄のような部屋に閉じ込めておく権利など、神殿にはない!


 ――そもそも神に選ばれし聖女を、この国が独占するのはおかしい!




 そう宣うのは、神妃解放党の者たちだろう。


 彼らの怒りや勢いに押され、フィルメラルナはビクリと肩を竦めた。



 念のため額輪が間違いなく聖痕を隠していることを確かめて、ホッと胸をなでおろす。


 町娘の服装で、蔦の印も隠されている今、フィルメラルナを神妃だと認識できる者はいないだろう。


 並んで歩くエルヴィンもそう判断したようだった。



「このまま門を抜けましょう。大丈夫です、あなたが神妃だとは誰も気づきません」



 安心させるような彼の言葉を聞きながら。


 けれどフィルメラルナの胸には、奇妙な予感が渦巻いていた。


 警鐘のような衝撃が、鼓動と共に大きくなる。



 たむろしている人集りの横を、エルヴィンと二人で何事も聞こえない振りをして、通り過ぎようとした。



 その時。



「フィーナ?」



 かつて呼ばれていた愛称を、耳にした。


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