第105話 二人の王子

「なるほど……ならば、せめて名を――」


「お嬢さん、あなたには一つ伝言を」



 エルヴィンの誰何を遮って、男は立ち尽くすフィルメラルナの前へと進みでる。


 そして片腕を取り、手のひらにそれを乗せた。



 折りたたまれた、白い紙。



 ハッと勢いよく顔を上げたフィルメラルナをもう見ようともせず、男は狭い店内を移動する。


 雑多に配置されたテーブルや人間を器用に避けながら、出口へと向かって歩いていく。



「待って……今、あの人を追ってはいけないわ」



 追い縋ろうとしたエルヴィンを、フィルメラルナは引き止めた。


 その隙に黒縁眼鏡の男は、扉を開け店外へ出て行ってしまった。



「――なぜです?」



 理由が分からず、怪訝な顔を見せるエルヴィン。


 その隣で、フィルメラルナは震える腕を叱咤して、小さく折りたたまれた白い紙を徐々に広げていく。



「それは……まさか、彼から渡されたのですか? そこには何と?」



 広げた紙をエルヴィンヘと向けるが、彼は美しい眉根を寄せるだけ。


 どうやらこれも、フィルメラルナにしか読めない文字、何らかの細工が為されているらしい。



「二人の王子――と書いてあるわ」


「……?」



 まったくもって意味が分からないというように、エルヴィンが首を振った。



 この国の王子は、ユリウスただ一人。


 どこにそんな者がいるというのか。



 それとも国王には、隠された男子がいるという意味でもあるのだろうか。


 そしてその人物とイルマルガリータが、何か関わりを?



 無限に続く迷路に飛び込んでしまったかのように、二人の混乱は深まっていく。


 もはや右も左も、進むべき道が分からない。



「とにかく用事がお済みになったのでしたら、そろそろ神殿へ戻りましょう」



 溜息とともに、エルヴィンが提案した。


 確かに結構な時間が経過している。



 騒ぎになったりしたら、アルスランやジェシカに迷惑がかかってしまう。



 同意したフィルメラルナは、おとなしくコクリと頷いた。


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