第104話 近衛騎士

 そんな確信を頭に浮かべたフィルメラルナより先に、神殿の黒い騎士服を着用したエルヴィンの方が動いていた。


 つかつかと赤い制服の彼に近づき、迷いなく声をかける。



「失礼」



 突然声をかけられた黒髪の騎士は、酒の入ったグラスに口をつけたまま、ジロリと瞳だけを寄越した。


 黒縁眼鏡の下、怜悧な黒い瞳がエルヴィンを捉え、その後ろに控えるフィルメラルナへと、ゆっくりと移動する。



「僕に、何か?」


「以前、どこかで貴殿に会った気がするのだが」



 フィルメラルナと同じ疑問を、エルヴィンは臆することなく直球で若い騎士に問うた。



「それはそうでしょう。あなたは騎士の憧れ神殿騎士卿どのですから。民衆の前にはめったに姿をお見せにならないようですが……この神王国の騎士で、エルヴィン様を知らない者はおりますまい。たとえあなたと僕が、神殿騎士と王宮騎士、所属が違おうとも」



 もう一口酒を飲んでから続ける。



「ですが、僕はしがない一介の近衛騎士です。あなたのような高貴なお方が、僕などをご存知とはありえないでしょう。人違いなのでは?」



 いや違う。


 人違いなどではない。



 ここでフィルメラルナは、逆に確信を持った。



 天下の神殿騎士卿を前にして、この堂々たる物言い。


 彼が単なる王宮騎士の一人であるわけはない。



 彼とはどこかで会っている。


 そして彼は、フィルメラルナに伝えるべき何かを持っている。



「さて、僕は戻ります」



 慣れた手つきでテーブルの端に代金を置き、男はガタンと立ち上がる。



「酒を飲んで戻れるような場所なのか? 王宮の近衛騎士とは、随分と緩いのだな」



 鋭い詰問にも、男は薄く笑う。


 動じる様子など皆無だ。



「ええ、本当は今日の僕は非番でしたので。でも、先刻の〈聖見の儀〉で起こった騒動鎮圧のため、急遽呼び出されたんですよ」



 もう既にあの混乱は、かなり鎮圧されている。


 それで帰宅前の一杯と、決め込んだらしい。


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