第十一章 神殿を抜け出して
第91話 衣装棚の下
洋服棚の両扉を、目一杯開け放つ。
中には神妃用の衣服から、ゆったりとした部屋着、寝具などもきちんと整理整頓されている。
神殿付きの侍女たちが揃えてくれているものを、あまり崩さないようにして、フィルメラルナはそっと横へと避けた。
そして現れた内部の棚の背を、手のひらでそろそろと探りだす。
途中で僅かな突起が指先に触れた。
慎重に爪を立てて押してみると、棚の下部でカタリと小さな音が。
そのあたりに目をやってみれば、底板と思われる部分に隙間ができていた。
指を入れて引いてみる。
ズズッと木材が擦れる音がして、これまで隠されていた空間が現れた。
「これは……」
秘密の隙間に置かれていたのは、灰色の見すぼらしい衣服と靴。
庶民的な前掛けは、フィルメラルナが町娘だった頃に、よく使っていた馴染みのものに近しい。
そして、簡素な額輪が添えられていた。
「イルマルガリータ様……」
先日見つけた彼女からのメッセージ。
その紙に書かれていた通り衣装棚を漁ってみた結果、これらを見つけるに至ったのだ。
(まるで……)
どこからか、彼女がフィルメラルナの行動を逐一見ているような、そんな不思議な感覚がした。
不快というよりは、未来を見据えた偉大な存在によって、この身が不可思議な力で導かれていく。
強制されるのではなく、あるべき道を辿っている、そんな気分だった。
見つけた町娘の衣装や小道具をひっぱりだし、鏡の前で自分の体に当ててみる。
大きさもぴったりで、まるでフィルメラルナのために用意されたもののように感じられた。
そして、もう一つの装飾品、灰色の布と金具で作られた額輪。
これは、額の聖痕を隠すためのものに違いない。
こうして謎めいた形で、イルマルガリータは何かをフィルメラルナに伝えようとしている。
それはもしかしたら、それほど重要なものではないのかもしれない。
ただただ、運命に翻弄されるフィルメラルナを哀れに思い、せめてものと彼女はこうして真実への道標を残しているのだろうか。
この場所で孤独な日々を神妃として過ごすうちに、だんだんイルマルガリータの心がわかりかけてきたような気がする。
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