第88話 きっと彼女は悲しんでる

「先日、彼女は無事に生家へ戻り、静養に入ったようです」


「よかった。じゃ、元気になったら結婚できるのね」



「……それは、ありません」


「どうして? もしかして、彼女の回復に時間がかかりそうだから?」



「それもあるのかもしれませんが……もともと私と彼女は、家同士が決めた関係でしたから。回復したら、彼女は他の男と結婚するのでしょう」


「どういうこと?」



 フィルメラルナには理解ができなかった。


 どうして婚約が破棄されるのか。



「たぶん……私が神妃様を無断で連れ出し、留置された事実があちらの家に伝わったのです」


「なっ、何を言ってるの!? あなたが助けなければ、彼女の命はなかったのに!」



「私もまぁ、そうは思うのですが……」



 娘の身を案じる良家は、問題を起こした従騎士との縁を望んではいない。


 たとえ名門デュラー家の嫡男であっても。


 娘の命の恩人であろうとも。



「わたしが彼女の家に行って話をする」


「えっ、あ、それは……お気持ちはありがたいのですが。私も彼女にそれほど興味があったわけではないですし、もう終わった話を蒸し返すのもどうかと」



「確かに両家はそれでいいかもしれない。でも、彼女は? 彼女の気持ちはどうなるの? 彼女はきっとアルスランのこと好きだったと思う。今頃泣いてるかもしれない」


「そうでしょうか」



「そうよ絶対。だってあなたはとても素敵だし、優しくて行動力もある。そんなアルスランとの結婚が、家の都合でダメになったなんて、きっと彼女は悲しんでるわ」


「あなたはどう思います?」



「?」


「……いえ失言でした。それより、お顔の色が良くなってきたようですね、安心しました」



 薄く笑うアルスランの表情が優しくて。


 フィルメラルナはどきりとした。



「いずれにしても、私はあなたの専属護衛騎士と認められました。ですので、これからは何でも私を頼ってください」



 そう切りの良い言葉を吐いたところで、扉がコツコツと叩かれた。



「ちょうど医師が来たようです。良い機会ですから、フィルメラルナ様がお持ちのお薬についてもお訊ねしてみると良いでしょう。本当にその薬は、あなたの体調を整えてくれるもののようですから」



 アルスランはすっと立ち上がると、自ら扉を開け、白衣を着た数名の医師を部屋へと入れた。


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