第86話 小瓶の中身
心臓が苦しい……息ができない。
アルスランに連れられて戻った部屋で、フィルメラルナは薬を取り出して服用した。
アベッツ……。
ブラン家に伝わる常備薬で、蒼玉月の毒にも効果があるものだ。
「神殿医師を呼びます。必要であれば王宮の医師も呼んでもらいましょう」
フィルメラルナの青い顔を認め、アルスランはそう告げた。
「いいの、やめて。心配はいらないわ、アルスラン」
そんな大げさなことではない、とフィルメラルナは申し出を断った。
けれど、護衛騎士となったという彼は、責任を反故にするわけにもいかないようで。
「いいえ、フィルメラルナ様をお守りするのが私の役目ですから」
アルスランはフィルメラルナをディヴァンに静かに座らせると、部屋の扉を少しだけ開け、よく通る声で侍女を呼んだ。
「すぐに医師を」
彼の要望に数名の侍女が「かしこまりました」と大きく返事をし、パタパタと音を立てて駆けていくのが聞こえてくる。
「ありがとう……でも、本当に大丈夫なの。わたしにはこの薬があるから」
小瓶を見せると、アルスランは怪訝な顔をした。
よく分からないと言いたげだ。
「そのお薬が、あなたには必要なのですか……しかし、残りが少ないようです」
言われて気づいた。
小瓶の中身が少なくなっていることに。
そうだった。
あの日、メルハム教会のゼノ神父にお裾分けするために、半分にしてしまったのだ。
だから、残りが少ない状態のまま、神殿に持ってこられたのだろう。
一瞬不安に駆られた。
だけど故郷に戻れば、きっと補充できるはず。
それに、万一のための用意もあるのだ。
そう自分を諌めて、フィルメラルナはアルスランが用意してくれた水を数口飲んで心を落ち着けた。
「アルスラン……わたしは――」
新しい神妃として受け入れられなかったのだろうか。
そんな思いが、フィルメラルナの表情を固くした。
自分の姿に祈る人々、その中には明らかに不満の声もあった。
それも、少ないとは言えない人間の怒号だったと思う。
「イルマルガリータ様には、絶大な信奉者が大勢いました。本来のご気性がどうであれ……神の化身であられましたから。民衆は、王宮や神殿が抱える彼女の問題を知りませんし」
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