第84話 神妃解放の声

「新しい神妃様、万歳!」


「フィルメラルナ様、どうか俺たちに慈悲を!」



 イルマルガリータの死を嘆くものもいれば。


 神妃交代など関係ない。


 リアゾ神が遣わした神妃という存在自体を、手放しで喜ぶ者たちもいる。



 唯一の《神妃》という地位につき二人の人物、イルマルガリータとフィルメラルナについて、その場は渦巻く喧騒に揺れていた。


 まるで二色の大蛇が絡み合い、喰らいつくかのように。



 支離滅裂、混迷と惑乱。


 錯乱の果てに、感情がごったがえしていた。




(――おかしくなりそう)



 縋り付く者、否定する者。


 胡乱な目、好奇の目。



 そういったない交ぜの状況に、フィルメラルナの意識は混濁しそうになった。



 ふと視線を逸らすと、視界の右端に、一際大きな混乱が見えた。


 蠢く民衆の中、激しい怒号が飛び交い、人と人がぶつかり合っている場所があった。



 その傍若無人な動きに、周りの人間、老人子供なども巻き込まれそうになっている。


 警備の騎士に抑えられる中で、必死に大きな断幕を掲げようとしている者たち。


 そこに描かれているのは、神妃解放を呼びかける文字だった。




 ――神妃を解放せよ、彼女に自由を!




 それは神殿の奴隷と化した聖女を哀れみ、解放を訴える「神妃解放党」の大断幕だった。



「フィルメラルナ様、お戻りください。お早く!」



 凛とした声が耳に届いた。


 ハッと我に返ったフィルメラルナは、一度だけ民へ小さく片手をあげると、すっと後ろを向き扉の中へと滑り込んだ。


 まるで、恐ろしいものに背を向けて、逃げ去るように。



「こちらへ!」



 震える腕を引っ張られ、扉から離される。


 一瞬後、何かが露台に投げられた。



 ガシャンガシャン、と破砕の音が背中を打つ。


 フィルメラルナが消えた場所めがけて、民衆が様々なものを投げつけているようだ。



 怒号は唸りのようだが、よく聞き取れない。


 そうこうするうちに、露台への扉は閉められ、耳に届く人の声も小さくなった。



「もう大丈夫です、扉は完全に閉まっています」


「あ……あなたは」



 少し落ち着いたところで、自分を庇うように腕を取る人間が、エルヴィンではないことに気がついた。


 青い騎士服を纏った金髪碧眼の端正な顔が、ニコリと笑顔を向けている。


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