第70話 滲む憐憫

 その間。


 フィルメラルナは呆気に取られただけで、一言も声を発せられなかった。



「お騒がせして申し訳ありません。今後このようなことがないよう、神殿騎士を数名配備いたしましょう」



 後手に扉を閉めたエルヴィンが、寝台までやってくる。


 銀の髪の下、フィルメラルナを見る碧眼には、哀れみが宿っていた。



「――お父上に、会われたのですね」



 そう静かに問うた。


 あの時の話は誰ともしたくないし、正直思い出したくもない。


 フィルメラルナは無言を返した。



 一週間も閉じこもっていたのだ。


 かなり自分は、みすぼらしい格好をしているのだろう。



 一瞬だけ羞恥心が過ぎったが、それも今はもうどうでも良かった。



「ヘンデルどのがご一緒されると伺っていましたが、結局はあなたおひとりで、あのような牢に行かれたのだとか」



 申し訳ないと謝罪しつつ、目録士長に対して少しの憤りを滲ませるエルヴィン。



「あるいは、あなたに会ったのならば。あの男グザビエ・ブランの態度も変わるのかと、そう期待していた部分も確かにあります。しかし、やはり――」



 ヘンデルが牢へ向かう途中で退座すると分かっていたならば、自分が同行したのに、とエルヴィンが深い後悔を示した。




 娘ではないと。


 神殿からの詰問にも、フィルメラルナ当人にすらも、そう一貫して拒絶を示した父親。



 たった二人で生きてきた家族にそう罵られ、平気でいられる娘などいないだろう。


 残酷な言葉から、フィルメラルナが受けるであろう衝撃を、少しでも和らげるべきだった。


 本来、その役割を担っていたのはヘンデルだったのだろう。



「いえ、言い訳にしかなりませんね。ヘンデルどのがどうであろうと、私が同行すべきでした。こんなことになるのでしたら――」



 そう言葉を濁した彼の瞳には、憐憫が滲んでいた。


 敏感になったフィルメラルナの心の中で、かすかな憤りがむくりと頭を擡げる。



(そんなもの――)



 関係ない。


 誰がフィルメラルナの傍にいてくれたとしても、この結末に救いなどなかったのだ。



 さらなる大粒の涙が、ポツポツと音を立てて寝具へと落ちた。



「申し訳ありません。あの日、あなたの部屋へ伺うと言いながら、私は約束を違えてしまいました。……儀式の後、どうしても視察に急がねばならなかったのです。その……ガシュベリル領へ」


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