第六章 狂気の神妃

第47話 良い報せ

 フィルメラルナがその報告を受けたのは、塔の解放から十日以上経ってからだった。



 それまでは、〈祈祷の儀〉と〈洗礼の儀〉。


 その二つだけの儀式をこなすよう、義務付けられていた。



 それらは、極めて限られた人間にしか会わずに済む儀式であり、イルマルガリータ不在の噂が広がるのを、最小限に留めるためだったのだろう。



「気分はどうかな? 私も忙しくてねぇ、なかなかこちらへ来る時間が確保できなかったんだ。だけど良い報せだよ。ハプスギェル塔に生存者がいたんだ。それも二名もね」


「生存者が……!」



 驚いて勢いよく立ち上がったフィルメラルナは、震える両手で自分の肩を強く抱いた。



「荒れ果てたあの塔を片付けるのは、それはそれは大変だったのだがね。たいして大きくないあの塔に、なんと五十四名もの人間が囚われていたのだよ。しかも、ほとんどは遺体だ。それも相当傷んでいて、秘密裏に処理するには限界があった。神殿騎士団長直属の騎士団一個隊にやらせたんだが、途中気分を害する者も多く、処理がままならないものだから、手当てをはずんだり、休暇を与える条件を付加したりと、そりゃあもう苦労したよ」



 結局ひどい臭いのせいで、後半は平兵士にまでバレバレだった。


 こんなことは初めてだ、とヘンデルは決まり文句を零して締め括った。



「二名、生存者が――」



 ヘンデルの声など、フィルメラルナは半ば聞いていなかった。


 あれからかなりの日数も経っていたし、これまで誰も何も伝えにきてはくれなかったので、只の一人も助からなかったのだと概ね諦めていた。



 それが、奇跡的に生存者がいたなんて。



「――まぁ、そうは言っても。生き残った二人も、とても健常であるとは言えない様子なのだけれどね。体は骨と皮だけのように窶れ果てていたし、未だ口もきけない状態だ。おそらく精神も崩壊しているのだろう。だけど、これは確かだ。君があの夜助けなければ、その二人の命も尽きていただろう。これだけは間違いない」



 ヘンデルは珍しく、フィルメラルナの決断と行動に、理解を示してくれたようだった。


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