第46話 生存者(エルヴィン)

「ふうん。目録士長どのの結論か。もしかしたら本当に、神妃の交代になるのかもな。史上初めて、赤ん坊で発見されたわけじゃない神妃が誕生するのか。ま、どんな女がその座につこうが、俺らの苦労は変わらんだろうがな」


「いや……」



「ん? なんか違うのか? あのお嬢ちゃんだけは? 年相応に老成しているのは当然だろうけどな」



 さらっと唸ったグレイセスは、机上の水をグラスへと注ぎ一気に飲み干した。


 ぷはっと湿った息を豪快に吐き出す。



「それはまだ分からないが……蒼玉月についてお訊ねしてみたのだ」


「ほーぅ! お堅いおまえにしては、思い切ったことだな!」



 うるさい、と視線だけでグレイセスを睨む。


 神妃の前で蒼玉月を口にするのは、禁忌に近いのだ。



「で、何だって?」


「宝石みたいで綺麗な月だ、とおっしゃられた」



 淀みなく答えた彼女に、他意があったとは思えない。



 本当になんでもないことのように。


 心に蒼玉月を思い浮かべ、ありのままの感想を述べたのであろう。



「気のせいじゃねぇのか? もしくは超鈍感な女で、あとからじわじわくるタイプだとか」


「……かもしれない」



「なんじゃそりゃ。お前が適当なことを言うなんざ、珍しくて空から槍が降るぜ。まぁ、いずれにせよそのうち次の蒼玉月がやってくる。今度はなんか分かるかもしれないんじゃないか?」



 そうだな、とエルヴィンが言いかけたとき。


 扉が激しく叩かれた。



「至急、ご報告です!」



 外から男の声が聞こえる。


 かなり急いた叫びだ。



「なんだなんだ、いったい今夜は何の厄日だ? 仕方ねぇな、入れ」



 息せき切って入ってきたのは、紺色の制服に身を包んだ一人の騎士。


 乱れた息を整える間も取らず、部屋にいる神殿騎士卿へと目を向ける。



「エルヴィン様もご一緒でしたか。それはちょうど良かった。お二人にご報告申し上げます!」



 ディヴァンに腰をかけていた二人は顔を見合わせた。


 この騎士が普段とても冷静な男であるのを、お互いよく知っている。


 二人の記憶では、このように慌てて行動する者ではなかったはず。



 ぴしりと踵を揃え短く敬礼すると、騎士は大声で叫んだ。




「絶望的と思っておりましたハプスギェル塔ですが、生存者がいたのです!」


「なんだって!?」



 ガッと音を立てて、二人は立ち上がった。


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