第39話 多くの者たち

「神妃の権力の前では、私たちの力は無いに近しい」


「でもさっき、わたしの言うことなんてあなたは聞こうとしなかった。罪のないアルスランを、有無を言わせず捕えていった。それに現に今、無理矢理この部屋へわたしを連れてきたじゃない!」



「おそれながら……あなたは未だ、正式な神妃ではありません」



 フィルメラルナは声を失くした。



「現神妃は、あくまでイルマルガリータ様なのです」



 サァと血の気が引く音がした。


 彼の言うとおりだ。



 これまでの自分の言い方では、まるでフィルメラルナに神妃の権限があるようだ。


 自ら神妃の力を否定しておきながら。



 いけしゃあしゃあと。



「ハプスギェル塔は、イルマルガリータ様が私的にお使いになられていた施設です。それを許可なく解放するわけにはいかなかったのです。たとえ――塔の中でどのように残酷で、不条理な行為が行われていたとしても」



 エルヴィンは知っているのだと思った。


 あの塔の中で行われていた内容を。



 少なくとも、彼の中で想定していることはあるようだった。



「それに、あの塔を解放するならば、あらかじめ準備が必要でした」


「準備って」



 冷静な彼の口調に、フィルメラルナの頭も徐々に冷えてきた。



「イルマルガリータ様が失踪されてからの期間、あの塔には何人なんびとも立ち入っておりません。中にいた者たちの状況を、誰一人知ることはできませんでした。今となっては、生存者が存在する可能性はかなり低いのです」



 打たれたように、フィルメラルナは顔をあげた。



「中にいた人たち……」


「ハプスギェル塔には、多くの者が捕えられていました。あの従騎士アルスラン・エメ・デュラーの婚約者も、その一人にすぎません」



 多くの者――その一言に。


 フィルメラルナは身を震えさせた。


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