第五章 蒼玉月に問う

第38話 どす黒い怒り

 ハプスギェル塔から半ば引きずられるようにして、フィルメラルナは自室へと戻された。


 ドッと寝台の上に腰を下ろす。



 疲れた腕を掲げ、のろのろと額を触ると。


 あれほど熱を帯びていた蔦の印が、今は冷え冷えとして、何の温度も感じられなかった。



「人騒がせな神妃の世話は君にまかせたよ、神殿騎士卿どの」



 ヘンデル・メンデルは、ポンとエルヴィンの肩を叩いた。


 幾分、いや、かなりそっけないと取れる言い方に対しても、余程慣れているのかエルヴィンの態度は淡々としている。



「ええ、ヘンデルどのは先にお休みになってください」


「そうだねぇ。どうせ彼女は君の新しい婚約者になるわけなのだし。いやはや、初めてのことだらけで、私たちもお互い苦労するね」



 眉尻を下げ、困った表情で肩を竦めてみせると。


 ひらひらと左手を振って、ヘンデルは神妃の部屋を出て行った。



 そんな男性二人の相性が悪そうな会話を、どこか違う世界のことのようにフィルメラルナは聞いていた。




「何がこのような事態を招いたのか、私にはおおよその見当がついているつもりです」



 ヘンデルが立ち去って暫くの後。


 エルヴィンが口にした台詞は、とても苛立たしいものだった。



「――何が言いたいの?」


「そのままの意味です」



 フィルメラルナは寝台のシーツをグッと掴んだ。



「分かって……分かっていて、あの塔を放っておいたというの!」



 カッと頭に血が上って、フィルメラルナは叫んだ。



「あの人が、アルスランが来なければ、今だって放置していたというの!」



 どす黒い怒りが、腹の奥から這い上がってくる気がした。


 決して彼だけの責任であるわけではないと分かっていても、苛立ちが止まらない。



「どのような残酷なものであろうと、神妃の命令はこの国のどの法律より重いのです」



 エルヴィンの発する声は、凛とした、けれど静かな音色だった。


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