第35話 再生の塔
「ううん、大丈夫。でも――」
首を振って、フィルメラルナは震える足を一歩踏み出す。
ここまで来たのだ。
引き返すなどという選択肢はない。
そう決意した途端。
ハッとして、歩みを止めた。
今さらながら思い出した。
勢いに任せて出てきてしまったが、とても重要なこと。
「フィルメラルナ様?」
「ごめんなさい、アルスラン」
謝罪と共に、フィルメラルナは頭を下げた。
「いったい……」
「わたしには開けられない」
そうハッキリ告げると。
アルスランが息を呑んだ。
彼の顔を確認せずとも、絶望が浮かんだ様子など容易に想像できる。
心苦しさのあまり、フィルメラルナは唇を噛み締めた。
「わたし、鍵なんて、持ってない」
なんてことだろう。
そもそもフィルメラルナには、何の権利もないのだ。
ハプスギェル塔などという、見たことも聞いたこともないものについて、当然何の権限も持ち合わせてなどいない。
鍵ももたない身で、いったい何をするつもりで急いできたのだろう。
己の馬鹿さ加減に、うんざりと肩を落とした。
アルスランに対して、申し訳ない気持ちと恥ずかしさでいっぱいだ。
「フィルメラルナ様……」
俯いてしまった彼女の前で、アルスランは膝をついた。
「私が無理を言ったのです。あなたは何も悪くありません」
「ちがう!」
思った以上に大きな声を出してしまった自分に、フィルメラルナはたじろいだ。
不思議そうに見上げるアルスランの視線が痛くて、口が勝手に動いてしまう。
「だって、イルマルガリータ様はわたしを……」
いったい何を言わんとしているのか。
叫びそうな声を、必死に飲み込んだ。
ある言葉が頭に浮かんでいるが、それを口に出すわけにはいかなかった。
「神妃様は――イルマルガリータ様は、ここでいったい何をされていたのでしょう」
自分のような一介の従騎士には想像もつかない、とアルスランは首を振って続ける。
「私は旧家の出で、この塔は王宮建立と共に建てられた、とても古い塔なのだと聞き及んでいます。しかし、もともとは〈再生の塔〉と呼ばれていたそうです。塔の名称は、その昔、大罪を犯したハプスギェル伯爵を幽閉した折に変えられたようですが……。伯爵は死ぬまでこの塔に閉じ込められていましたが、かなり長く生きたと伝えられています」
再生の塔――。
その言葉に。
フィルメラルナはすぐに思い当たった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます