第36話 鍵の正体

 つい半刻ほど前に部屋で見つけた紙に、確かそのような名前が書いてあった。



 ――再生の塔、その役目を終えたし。



 あれは、誰に宛てたメッセージだったのだろう。



 いや、本当は分かっている。



 他の誰でもない、自分へ向けて発せられていた。


 新しい神妃をかたる者への――言葉だ。



「さぁ、戻りましょう」



 いっそ清々しいまでの笑顔を向けて、アルスランがフィルメラルナの手をとった。


 同時に多くの灯と足音が、王宮と神殿の内壁に沿って近づいてくる。



 とうとうヘンデルやエルヴィンの耳にも伝わったのだろう。


 急激に不安が胸に蘇ってきた。



 今、部屋に戻ってどうなるのかと。



「ごめんなさいっ」



 アルスランの手を振りほどいて、フィルメラルナは一気に駆け出した。



「フィルメラルナ様!」



 塔へ近づくにつれて、額の痣がざわめくのを感じた。


 それは何か使命を持っているかのように、フィルメラルナを誘う。



 木造の扉には、鍵などかかっていなかった。


 けれど、押しても引いてもびくともしない。



 ふと、塔から少し離れた場所へ戻り、見上げてみる。


 そして、そのカラクリを理解した。



 すっぽりと包み込むように、金の糸が張り巡らされている。


 まるで、塔の外壁に沿ってかけられた円筒形の網のように。


 この網が、内部への扉を固く閉ざしている。



 これは神脈と同じようなもので、きっと他の人には見えないのだろう。


 けれど、神殿騎士卿であるエルヴィンには、もしかして見えるのだろうか。



 振り返ると。


 アルスランを筆頭にして、後ろから数人の兵が近づいてくるのが見えた。


 その中には、ヘンデルとエルヴィンの姿もあるようだ。




 もたもたしてはいられない。




 フィルメラルナは扉の前で跪いた。


 ぐっと、あの嫌な臭いが鼻を突く。



 両手を広げ、生い茂る草を掻き分け、湿った地へと触れる。



 考えて行動したわけではない。


 体が自然に動いていた。



 その視線の先に。



 小さな小さな竜巻が湧き起こり、その場に金色の蜘蛛が現れた。


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