第23話 洗礼の儀

 ジェシカに案内された場所は、聖堂の北側に位置する小さな部屋だった。


 体を屈めて、やっと人間ひとりが潜れるような木戸がある。



 ギギギッと木擦れの音を立てて押し開き、そっと中へと入ってみる。


 そこには、外部から引き込まれた水を貯める人工的な泉があり、天窓から差込む日差しを反射して、キラキラと輝いていた。



 サラサラと流れる水音が、耳に心地いい。


 程よい湿度が、フィルメラルナの肌を優しく潤す。



 どことなく水が金色を帯びているように感じるのは、祭壇で見た神脈の光がこの水に溶け込んでいるからだろうか。



 泉の水で体を濡らし、身を清めるのが〈洗礼の儀〉であるらしい。


 一種のみそぎのようなものだろうか。



 時間が来たら他の侍女が迎えにくるからと説明して、ジェシカはその場を去ってしまった。



「せっかく少しは仲良くなれるかと思ったのに」



 ひとりごちたフィルメラルナは、説明された通り体を清めて、新しい衣装に身を包む。


 今度は、先ほどとは色が違う薄紫色の衣装だ。



 絹でできているのか、肌触りがとても良い。


 衣装との色合いを組み合わせた腕輪や首飾等の装飾品も、一目で高価であると分かるものだった。



 水音だけの静かな空間にひとり。


 水面を照らす光につられるよう丸天井を仰いだとき、表に人間の気配が漂う。



 どうしたのか、中に入って来ようとはしない。


 内側から小さな木の扉を開け、ぴょこりと顔を出してみる。



 正面に、青ざめた侍女の顔があった。


 本当に何がそんなに恐ろしいのか。


 ジェシカと交代した若い侍女は、この世の終わりといった表情をしていた。



 はぁ。


 フィルメラルナは、心の底から疲れたように、盛大な溜息を響かせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る