第50話
放課後になり帰宅する時間帯を迎える。カナが何か言いたそうな視線を向けてくるので、急いで陽乃を連れて学校から出ていくことにした。可能な限り星宮を思い出す要因を排除していく。そのためには陽乃が傍に居てくれることが最低限の一つだ。
「リクちゃん。手、つなごっか」
「……うん」
「リクちゃんは目を離すとすぐどこかに行っちゃうもんね」
「オレはそこまで子供じゃないぞ」
「うーん……子供じゃなくて、ワンちゃんって感じかな」
陽乃はオレの手をつなぎながら、明るく楽しそうに笑った。その明るい笑顔はまさに陽乃らしさにあふれていて胸をドキドキさせられる。多くの男を惹きつけるのも納得だ。
「なんだか懐かしいね」
「懐かしい?」
自転車で下校する生徒たちが通り過ぎていく歩道。手をつなぐオレと陽乃は端に寄り、並んで歩きながら他愛もない話を続ける。
「二人でね、こうして手をつないで歩くの……小学生以来だよね」
「そうだったかな……」
「そうだよ。だって私、リクちゃんと手をつないだ日のことは全部覚えてるもん」
夏直前の陽光に照られされる陽乃は、太陽に負けないくらいの明るい笑顔を浮かべて弾むようにそう言った。心臓が爆発しそうなくらい嬉しいことを言われてオレは感激のあまり叫びそうになる。ここが外でなければ陽乃を抱きしめてグルグル回っているところだ。
「あーそういえば陽乃」
「なにかな?」
「今思い出したんだけど……オレたちが小学二年生の頃にはさ、すでに陽乃は嫉妬心を全開にしてたよ」
「えーそう?」
「うん。オレが一つ上の女子に手をつながれて歩いていると、陽乃がものすごく怒って相手の女子に詰め寄ってた」
「覚えてないなー」
可愛らしく頬辺りに人差し指を当てて考える素振りを見せるが、あっけらかんとそう言い放つ。あざとっぽい仕草だが陽乃だから可愛い。
そんな陽乃は過去のことを忘れているようだがオレはハッキリ覚えている。
オレを奪い取るために、小学二年生の陽乃が小学三年生の女子に突っかかっていったのだ。『リクちゃんの手をつないでいいのは私だけ!』と叫んでいた記憶がある。小さい頃から嫉妬と独占欲が全開の幼馴染だった。
その後もオレと陽乃は家を目指して歩き続け、晩御飯の材料を買うために途中スーパーに寄ることになった。……なんかこういうの、良いよなぁ。制服のままなのが気になるけど。
オレは幸せを感じながらカートを押して陽乃についていく。
「今日はリクちゃんの好きなものを作ってあげる。なにがいい?」
「オ「ムライスだよね、リクちゃん!」
「…………」
オしか言ってないのにセリフを乗っ取られた……。
こちらが言うことを完全に見抜いていた陽乃は、得意げに口端を上げてどや顔を披露している。なんなら「リクちゃんのことはお見通しだよー」と煽り口調で言ってくる。可愛い。そう思うがちょっとした反抗心が芽生えてくる。
「じゃあ毎日オムライスがいい」
「いいよ」
「いいんだ……」
「オムライスにも色んな種類があるからね。楽しいよ」
にこっと微笑んだ陽乃は進路を変えて別のコーナーに向かい始める。本気で毎日オムライスを作る気だろうか。……作る気なんだろうな。オレの言うことに何でも肯定してくれる。
「…………」
毎日オムライスがいい。そのセリフを実は星宮にも言ったことがあった。オレが星宮の家に住み始めてすぐの頃だ。星宮は『黒峰くん子供っぽいね。栄養がかたよるから毎日はダメかなぁ。あ、でもね、他に美味しい料理を作るから楽しみにしてて』と優しい否定をしながらオレのことを考えた発言をしてくれた。まさに星宮らしいセリフだったな……。
「――――」
ああ、バカだオレは。
隙があれば星宮を思い出している。思い出さないようにしているのに思い出してしまう。今は陽乃だけに、陽乃だけに集中すればいいのに、どうしてオレは――――!
「リクちゃん、どうしたの?」
「陽乃…………」
オレを心配してのことだろう。すぐ傍まで来ていた陽乃はオレの顔を見上げて首を傾げている。もはや衝動的な行動だった。カートから手を離し、一目を憚らず隣にいた陽乃を抱きしめた。自分の体に押し込むように――強く、強く陽乃を抱きしめる。
「うっ――んっ! リク、ちゃん? こんなところで……?」
「陽乃が恋しくなった」
「嬉しいけどね、家まで我慢できない?」
「できない…………したくない」
「リクちゃん…………」
分かっている。スーパーでこんなことは非常識だ。分かっていても無理だった。
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