第47話
「あ、ちょっとリク。顔ぺろしすぎ――――あ、ちょ……もう……っ。ん、どうしたのリク。不機嫌そうな顔をして」
「…………」
「おいこらリク。無視すんな」
「え、オレのこと?」
「アンタしかいないでしょーが」
「いやいるだろ、そこに」
カナの膝に乗り、一生懸命にカナの顔を舐めようとするリクがいる。
「せっかく犬カフェに来たんだから、もっと楽しんだら?」
「……楽しんでるよ、本当に」
「ふーん。ならいいけど…………あ、犬用のおやつもらってくる。待ってて」
そう言ったカナは、リク(人間)とリク(犬)を置き去りにして少し離れた位置で待機しているスタッフさんのところへ行く。しばらくして片手サイズの器とスプーンを持って戻ってきた。…………数え切れないほどのわんこたちに群がられながら。
「ちょ、まじやばい! 助けてリク!」
小さな声で悲鳴混じりに叫んでいるが、ニヤニヤを隠し切れず心底楽しそうだ(大きな声を出してはいけないと入店時に注意された)。わんこたちはカナに向かってピョンピョンとジャンプしておやつを欲しがっている。あまりにも激しいわんこはスタッフさんに抑えられていた。……あ、リクがスタッフさんに抱きかかえられて強制退場させられた。リク、お前のことは忘れないぞ。
「ほらほら、順番にあげるから――ちょ、こら!」
群がってくるわんこたちにスプーンでおやつをあげ、カナは楽しそうな笑みをこぼしていた。ギャルっぽい不良だと思っていたが、今の姿だけは純粋な少女に見える。
そして、その無邪気な姿がどうしても星宮に重なるのだ。
星宮はオレが落ち込んでいると、すぐに慰めようとしてくれた。露骨に慰めようとするのではなく、あくまでも自然体で遊びに誘ってくれた。二人でゲームセンターに行った日を思い出す。あのときの星宮は子供みたいにエアホッケーに夢中になっていた。本当に可愛らしくて魅力的で……星宮と一緒にいるだけでオレは癒されていたのだろう。
「……オレ、なにしてるんだろうな……」
オレが辛いとき、星宮は懸命に動いてくれた。
なのにオレは――――っ!!
「リクもほら」
「カナ…………?」
「どしたの?」
ヨーグルトが入った器をオレに差し出してくるカナは、オレの顔を見てキョトンと首を傾げる。ああそうか、カナも……カナもオレのために動いているんだ。割引のためにオレを誘ったと言っていたが、そんなのウソだ。冷静に考えればわかることだった。さすが親友だな、星宮と性格における共通点が多い。……ダメだ、星宮を何度も思い出す。
「リク、いらないの?」
せめて……せめてカナの優しさには応えよう。今はなんでもないフリをするんだ。
「いや、いる。ありがと」
オレはカナからヨーグルト入りの器とスプーンを受け取り、「いただきます」と言ってスプーンでヨーグルトをすくい口に運んだ――――ん? なんか変な味だ。今までに味わったことがないような…………?
「うぇ!? ちょっとリク!? それ犬用のおやつなんだけど!!」
「ぶふっ! それ言ってくれよ!」
「わかるでしょ!」
「わんわん! わんわん!」
激しく動揺するカナと、オレを囲んで吠えまくるわんこたち……。なんだこの状況は。思い返せば、このスプーンでわんこたちに器の中身をあげていたよな。ボーっとしてせいか、忘れていた。
〇
時間がきたので犬カフェから出ていく。カナと街中を歩き、駅前広場に戻ってきた。無言の時間が続いていたが、慎重に切り出すようにカナが話しかけてくる。
「あー……リク? ごめん」
「謝られる理由がないんだけど……?」
まるで苦虫を嚙み潰したような顔をするカナに、オレは困惑するしかない。その雰囲気は申し訳ないというよりは目的を達成できず、歯痒そうにしているように見えた。
「やっぱ慣れないわ、こういうの」
「あー…………」
おそらくオレが途中から暗くなったのを察したのだろう。オレを慰めようとし、それができなかったことを悔いているのだ。その感情を生ませてしまったことに申し訳なく思う。カナは何も悪くない。その優しさは伝わってきた。前のことも含めて……。
でもオレは……やっぱり陽乃だ。
全てを忘れさせてくれるのは、陽乃しかいない。
星宮を思い出して辛くなったとき、どうしても陽乃にすがりたくなる。
拒絶された辛さを感じるとしても……。
「じゃあな、カナ」
「お、おう…………」
カナに背を向けて家路に向かう。何か言いたそうな雰囲気を背中越しに感じたが、あえて無視して足を進めた。
この数日、カナのおかげでそれなりに気持ちは晴れ、普通の生活を送れるほどには立ち直れた。だからこそ冷静な思考でわかってしまう。
オレには陽乃が必要だ。
今までがそうだったように、これからも陽乃には傍にいてほしい。
依存とかそんなの、どうでもいい。なにも考えさせないでほしい。
陽乃さえいれば、きっとこの辛さから逃れることができる……できるはず。
「あ」
フラフラと歩いて家の前に到着したオレは、妄想が具現化したのかと思った。
ドアの前には、何度拒絶されたとしても求めてしまう――オレの幼馴染が座り込んでいた。
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