第46話
カナの家に泊まった日から数日が経過した。
この間に警察を通じて不良との事件も解決し、平和な時間を過ごせている。今回のことをきっかけにカナと縁が生まれたが、カナと話をすることはなかった。お互いに避け合うというより、ただ用事がないから話すこともない……そんなところだ。陽乃とは学校でたまに目が合うことがあったが、カナと同じく話をしていない。こちらはオレが意図的に避けていた。
しかし、避けるたびに陽乃の存在がオレの中で大きくなっていく。
拒絶されて悲しいし怒りを覚えたが、それ以上に受け入れてほしい気持ちが膨らんでいくのだ。受け入れてほしいからこそ、いざ拒絶されたときに反発心を抱くのかもしれない。その気持ちの裏側には、やはり星宮を気にかける思いがある……。
休日の朝。オレはスマホを手にして気を紛らわせていた。
何も考えないように、何も感じないようにするために。
「あ――――」
カナから電話がかかってきた。先日電話番号を教えたのだが、まさか本当にかかってくるとは思わなかった。二秒ほど無視するか悩み、出ることにする。
「もしもし……?」
「うすリク。今暇でしょ? ちょっと来てくんない?」
「暇って決めつけるなよ」
「暇じゃないの?」
「暇ですけど…………」
「じゃあいいじゃん」
あっさりとしたカナの声に、もはや苛立ちすら感じなくなる。ため息交じりに返事をしてみせ、カナから待ち合わせ場所を言われたので家から出ることにした。ほんと強引だよなぁ……。
〇
待ち合わせ場所として伝えられたのは駅前の広場で、カナはロゴ入りのロングTシャツにショートパンツという時期に合わせたラフな服装をしてオレを待っていた。
「お、リク。本当に来たじゃん」
「そりゃ来るよ……」
「えらいえらい」
カナは若干のいたずら心があるような笑みを浮かべ、からかうようにオレを褒めた。……なんかオレを子供もしくはペット扱いしているような気がするぞ。ちょっと不服だ。
そんなオレに気づかず、カナはスマホを取り出して「これから行く場所はねー」と言い始める。……別に構わないけど、当たり前のようにオレをリクと呼ぶんだな。そういえばカナの名字を確認するの忘れていた。星宮や陽乃のことで、そこまで気を回せていない。
「おいリク。聞いてる?」
「聞いてるよ。これから行くんだろ?」
「どこに?」
「さあ?」
「聞いてないじゃん! 犬カフェに行くのっ!」
「犬カフェ……?」
「そそ、月一くらい行ってるの。アタシ、犬が好きなんだよねー」
「へー」
「ちなみに、リクって名前のわんこもいるから」
「…………」
「甘えん坊で可愛いんだよねー。顔をめっちゃぺろぺろしてくるし」
そんなことを言われてどう反応しろと? これ以上にないくらい複雑な気分だ。
嬉しそうに犬について喋るカナと共に街中を歩き、犬カフェを目指す。こちらが相槌を打つ暇なくカナは喋り続け、本当に犬好きなのが伝わってきた。というかもう、顔をだらしなくして「わんこが~」と言っている。オレは何を聞かされているんだろうな。
「そういえばさ、どうしてオレを誘ったんだ?」
「割引のため」
「割引?」
「そそ。友達を連れて行ったら割引してもらえるんだよねー」
「なるほどな……」
カナなりに打算があってオレを誘ったということか。ならこっちも気兼ねなく過ごせる。
そうして到着したのは四階建てのビル。犬カフェは三階にあるらしい。カナの後をついて階段を上がり、ついに店内に踏み込む。親しそうに女性スタッフさんと話をするカナから視線を外し、仕切りのペットゲートの向こうに広がる店内を見回した。壁沿いに何組かのテーブルと椅子が用意されており、寝転がれるような空間が設けられている。見たところお客さんは女性二人。そしてペットゲートにはわらわらと何匹もの犬が群がり、オレとカナに向かって弾むように吠えていた。目がキラキラとしていて尻尾が左右にぶんぶん振られている。
「お、今日もリク元気そうじゃん」
「は?」
「いやいや、アンタじゃなくてあっちの子」
カナがペットゲートの方に指をさす。どうやらリク(犬)がペットゲートに群がる犬の中にいるようだ。本当の本当に紛らわしいから、その呼び方をやめてほしい。
「今日は彼氏さんとご一緒なんですね」
「え、こいつが彼氏? 勘弁してくださいよ。全然そんなんじゃないですって」
恥ずかしがる素振りを見せずにカナはスタッフさんにそう言い返した。星宮なら赤面して照れているだろうな……。
その後、スタッフさんから注意点を言われてわんこゾーンに踏み込むことになる
。カナの勧めで寝転がれる場所に移動して腰を落ち着けようとした、その瞬間だった。
「わんわんわん!」
「なに――――っ」
数匹のわんこが勢いよく飛びかかってきた……!
中腰になっていたせいもあるが、その勢いを受け止めきれなかったオレはお尻から後ろに倒される。抵抗する暇もなく二匹のわんこがオレの顔をぺろぺろ舐め始めた。待て眼球はやめてくれ。
「あはは! リクがリクを舐めてるっ」
「そうか、お前がリクか――――」
足が短めで、耳が垂れた胴長の黒い犬だ。何が楽しいのか、一心不乱にオレの顔を舐めまわしている。最悪だ……。と思っている間にも何匹かのわんこがオレの腹に乗ってきたり、オレの頭辺りをうろちょろしていた。
「伏せていると、わんこたちが寄ってきやすくなるよ」
「そ、そうなのか……!」
カナの助言を聞いて起きようとするが、リクがオレの顔を舐めるために頭に乗りかかってくる。おいリク、お前が舐めているのは同じ名前の生き物だぞ。もう少し手心を加えてくれ。
「よかったじゃんリク。リクに懐かれてさ」
「絶対にからかっているだろ」
「うんっ」
うん、て……。
数分ほどわんこたちに群がられていたが、他のお客さんが来たことによりサーっとオレから離れ、そのお客さんに群がっていく。しかしリクだけは残り、今度はカナに擦り寄っていた。カナも愛おしそうに顔をふにゃふにゃにし、優しくリクを撫でまわしている。
「ほんっとリクは可愛いねー。ほれヨシヨシ……」
「…………」
オレのことじゃないのは分かっているが、何だか変な気分になってくるぞ。
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