第43話

「起きな……起きなってば。朝だよ」


 

 優しく声をかけられながら肩を揺すられる。……もっと寝たい。そう思いオレは体を横に向けて逃げるが、その誰かは何度も肩を揺すってくる。いやオレを起こしてくれるのは星宮くらいか。



「起きないと……あーもう! 一瞬だけでもいいから起きろってば!」

「………………なんか、いつもより荒々しいな、星宮」

「はー? アタシ、カナだけど?」

「――――っ!」



 瞬時に眠気は吹き飛び目が覚める。跳ねる勢いで体を起こして横に顔を向けると、呆れたような顔をするカナがそこに座っていた。なぜカナがここに……? と寝ぼけた頭で考え、今オレが居る部屋が星宮の部屋とは全く違うことに気づく。そこから連想して昨晩の記憶も蘇ってきた。……オレはなんて恥ずかしいミスをしてしまったんだ。



「なんかさ、普段から彩奈に起こしてもらってるような感じだったじゃん」

「……気のせいだろ」

「そうだよねー。あ、彩奈と同棲している夢でも見てた?」

「…………」



 夢ではなく現実で同棲していた。と言えるわけがなく、黙り込む。

 そんなオレの反応から勘違いをしたカナは「マジで見てたの?」と少し驚いていた。



「ま、どうでもいいけどさ……。アタシ、今から学校に行くから」

「そうか。じゃあ出ていくよ」

「居ろよ」

「…………え」

「アンタから聞きたいこと、まだまだあるし。アタシが帰ってくるまで大人しく待ってろ。腹が減ったら冷蔵庫にあるもんを勝手に食っていいから…………あ、冷蔵庫以外は触るなよ? 昨日も言ったけどタンス触ったら怒るから」

「…………」

「もし何か用事あるんだったら、一時的に外に出ていい。ほれ、合鍵」


 一方的にまくし立てたカナが銀色に輝くカギを放り投げてよこしてきた。思わず受けてしまったが、そこまでお世話になるつもりはない。そう言おうとしたが、またしても先にカナが口を開く。オレの表情から嫌そうにしていることを察したらしい。



「今の黒峰は一人にならない方がいいよ」

「…………カナには、関係ないだろ」

「いやそれは無理があるでしょ。昨日のこともそうだし、アタシの親友で繋がりを持ってるんだから…………。今は何も考えなくていいからさ、適当に何か食って寝ときなよ。それじゃ、いってくる」



 オレの返事を待たず、カナは悠々と家から出ていってしまう。相手の意見を聞かずして我が道を行く…………まさに不良っぽい人間の行動だな。不良っぽいギャルという印象だったが、もはやギャル風の不良という印象になってしまった。



   ◇



 恥ずかしさを誤魔化す意味でも一方的に言い放ったアタシは、黒峰のことを考えながら登校する。教室につくなり春風グループに目がいった。数人の友達が心配そうな面持ちで椅子に座る春風を囲んでいる。肘の絆創膏を含め、暗い表情が重い雰囲気を醸していた。



「あ――――」



 ふと顔を上げ、アタシと目が合った春風が声を発した。

 こちらとしても話したいことがあるので、視線で合図を送り教室から出ていく。振り返ると、予想通り春風も教室から出てアタシを追いかけてきたので、人気がない場所を求めて廊下の突き当りに移動した。ここなら誰かに話を聞かれる心配はない。



「リクちゃん大丈夫なの!?」



 ずっと気にしていたに違いない。アタシに歩み寄るなり、泣きそうな表情になって尋ねてきた。



「黒峰なら大丈夫。今頃アタシの部屋で寝てんじゃない?」

「そっか……リクちゃんが無事なら…………」

「黒峰と何があったの?」

「…………」



 直球で聞き過ぎたかも。うつむいて黙り込む春風を見て、自分のミスに気づいた。けど回りくどいのも嫌いだし……。追い打ちをかけるようになるけど、もう一度聞くことにする。



「黒峰と何かあったんでしょ? あいつ、ヤバいくらい落ち込んでたよ」



 突っ込んでくるトラックを眺めているほどに、精神的に追い込まれていた。よほどの何かがあったはず……。そう思っていたのに、春風から明かされたのは普通の恋愛事情だった。



「リクちゃんから告白されて…………振ったの」



 失恋して世の中に絶望する…………そういう人が一定数居るのは知っている。あいにくと初恋もまだな身なので、あくまでも知識として知っているだけであり、本当の意味では理解できないけど……。失恋はアタシが想像する以上に辛いのだろう、と今は考えておく。

 それよりも気になることがあった。



「春風、黒峰のこと好きなんでしょ?」

「うん…………好きだよ、リクちゃんのこと」

「じゃあどうして振ったわけ? 意味わかんないじゃん」

「…………」



 また何も言わなくなる春風。開こうとした口を固く閉じ、じんわりと目に涙を浮かべる。この様子、ただ事じゃない。普通の恋愛事情ではなさそう。春風なりに振る必要があったのかもしれない。もしかしたらそこに彩奈も関わっている――?



「春風、何でもいいから教えて」

「リクちゃんが本当に好きなのは私じゃなくて……彩奈ちゃんだから……」

「そうは言っても黒峰、ずっと春風にベッタリだったじゃん」

「また……違うの。多分カナちゃんにはわかんない」

「じゃあわかるように説明して」

「…………ごめん、むり……」



 なんで――――! そう声を荒げそうになったのを寸前で我慢する。

 直感だけど、これはかなり繊細な問題だと判断した。

 


「じゃあ春風が黒峰を振ったのは、自分のことが好きじゃないのに告白してきたからってこと?」

「……違う」

「はぁ? 何が違うの?」

「リクちゃんの幸せが一番だから、そのために振ったの」



 でも私は間違えた――と、春風は自虐的に呟いた。

 ますます意味がわからない。頭が良くないアタシは混乱する。



「リクちゃんのために私は…………う、ぅぅ……っ!」

「春風――――」



 春風の両目から涙が溢れ出す。両手で懸命に涙を拭っているが、溢れる量に全く追いつかない。

 


「あ、彩奈ちゃんのことだって――――」

「彩奈!? やっぱり彩奈も関係あるの!?」

「うぅ……ぐすっ…………ぅぅ……!」

「教えて! 彩奈に何があった!?」



 泣き続ける春風に配慮することもできず、アタシは春風の両肩をつかんで問いただす。親友を心配する気持ち、そして焦りだけがアタシの原動力になっていた。


「ごめんね……っ……私からは、言えない」

「どうして!?」

「わ、私から言っていいことじゃ……ないと思うの…………」

「なんだよ、それ……」



 ただの恋愛絡みの問題じゃない――?

 少なすぎる情報を繋ぎ合わせて考えると、恐らく黒峰と彩奈の間に何かが起きた。そこから何かがあって、黒峰は春風に告白し……今に至っている。

 ダメだ全くわかんない。イライラが募り、奥歯を噛んで耐える。

 けれど、さすがのアタシも泣きじゃくる女子を詰めるほど鬼になれなかった。

 涙をこぼしながら去っていく春風を見送り、頭を悩ませることしかできない。



 ◇



 放課後になり、アタシは彩奈の家に行ってみることにした。

 結果から言うと惨敗。この前と同じことが繰り返される。門戸という不健康そうな人が彩奈の家から出てきて、『彩奈ちゃん、まだ人に会えるほど元気になってないんだー。ごめんねっ』と軽いノリでアタシをあしらってくる。いっそ強行突破しやろうか。



「はー。なんだよコンチクショー」



 家路に向かっていたアタシは、負の感情とともに息を吐き出す。ふと空を仰ぎ、今にも雨が降り出しそうな曇り空になっていることに気づいた。やばい傘持ってきていない。小走りで家に向かうが、案の定雨が降り出して全身が濡れていく。大粒で勢いもあり、しばらく降り続きそうな雨だ。

 

 最悪の気分で家に到着し、鍵を取り出してドアを開ける。

 この濡れた姿を黒峰に見られたくないな……。そう思いながら部屋に上がり、誰も居ないことに気づいた。家に居ろって言ったのに、黒峰の奴出ていきやがった。

 机にはメモ書きが置いてあり、『合鍵は玄関ポストに入ってる』と書かれていた。



「くっそ……。どいつこいつもめんどくせー」



 事情を知れば、仕方ないと思えるのだろうか?

 そのためにもアタシは玄関に置いていた傘をひっつかみ、外に駆け出した。

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