第42話
警察の方々と合流した後、事情を説明する。
保護者を呼ぶことになるが、オレに両親は居ない。そこで祖父の方と、春風家に連絡することになった。しばらくして陽乃の両親と陽乃本人も来る。カナの両親は来なかった。電話がつながらず、カナが曖昧な笑みで「仕事中っすねー」と警察の方に答えていた。
喧嘩別れして僅か数十分後、陽乃と再会して気まずい思いをする。
陽乃の肘に絆創膏が貼られているのを目にして胸がキュッと痛くなった。しかし陽乃は自分の怪我を気にすることなく、目を潤ませてオレに抱きついてきた。本気で心配していたらしい。ずっとオレを探して夜の街中を走り回っていたそうだ。陽乃から抱きつかれたとき、服が湿っていたので汗を相当な量で流していたに違いない。そこまで心配されて嬉しい気持ちはあるのに、やはり拒絶されたことを先に思い出す。
警察から尋ねられたことに全て答えた後、家に帰るだけとなる。
しかし陽乃が『今のリクちゃんを一人にしたくない』と言い始め、春風家に行く展開になりそうで露骨に嫌な雰囲気を出してしまった。今は陽乃の傍に居たくない。
その気まずい空気を感じたのか、カナが躊躇いながら「なあ黒峰。アタシの家に来る?」と尋ねてきたので、助かると思いながら甘えることにした。なぜそんな提案をしてくれたのか分からない。
陽乃の追いすがるような視線を無視し、警察の方に呼んでもらったタクシーにカナと乗り込む。二十分ほどして到着したのは五階のマンションだった。カナの家は五階とのこと。以前にも似たようなことがあったな……と思いながらカナの家に上がり込む。間取は1DK。洋室は六帖くらいか。綺麗に整頓されているが、むしろ簡素な印象が強い。星宮の部屋は女の子らしさがあったが、カナの部屋は普通だ。ひょっとしてカナも一人暮らしだろうか……?
「おい黒峰。ジロジロ見んなし」
「ごめん……」
「ま、適当に座りな」
そう言われてテーブルの傍に腰を下ろす。カナはソファに座り、スマホを取り出して画面を触り始めた。何かしらの会話がほしい。無言に耐え切れなくなって問いかける。
「……どうして、オレを家に呼んだんだ?」
「あー…………。なんか、春風と気まずそうだったじゃん」
「そうだけど…………」
「アンタが死にそうな顔してたのって、春風と関係してるんじゃないの?」
あの僅かな時間で察したようだ。ギャルというよりは不良っぽい印象のカナだが、意外と観察力は高いのだろうか……? いや獣の本能を備えているのかもしれない。喧嘩っ早いし。
「あん? 今失礼なこと考えなかった?」
「考えてないです……」
ジロッと怖い目つきでオレを見下ろすカナ。こえー。
「あとはまあ……改めてお礼を言いたかったのもある」
「お礼?」
「さっき助けてくれたじゃん。ありがと」
「あれは……オレのせいでもあるだろ」
「は? なんで?」
「オレがあそこに行かなければ、カナが巻き込まれることはなかった」
「そんなの結果論でしょーが。誰が悪いとか言う前に、どう解決するかが重要じゃない?」
「…………」
「黒峰がアタシを助けてくれた、その事実が大切でしょ。というわけで、ありがと」
一方的に言いたいことを言ったカナは、再びスマホに視線を落とす。今の言葉にオレは何も言い返せなかった。言い返すつもりもなかったが……。
お泊まりを提案してくれたことはカナなりのお礼、そういうことだろうか。
ただ、こんな簡単に男を泊めるなんて……やはり見た目通りに遊んでいるタイプとか……?
「カナの両親はいつ頃帰ってくるんだ?」
「んー? 帰ってこないけど?」
「……え」
「アタシ、一人暮らし。言ってなかったっけ?」
カナはスマホから目を離さず、けろりと言ってのけた。……おいおい。ただ何となく予想はしていた。部屋に置いてある荷物量からも一人暮らしの雰囲気が漂っている。
「まさか……カナも記憶の改ざんしてるとか……ないよな?」
「は? 何言ってんの? どういう意味?」
「いやだから……本当は両親がいないとか…………」
星宮のことを思い出し、視界が滲みそうになる。胸を圧迫されるような苦しみが込み上げ、救いを求めるように陽乃を思い出すが、拒絶されたことを瞬時に思い出して一層苦しくなる。
床を睨んで耐えていると、ソファから立ち上がったカナが近づいてきた。目線を合わせるように屈み、スマホを見せてくる。
「アンタが何言ってんのか分かんないけど……ほれ」
カナのスマホに表示されていたのは、母親とのトークルームだった。日常的な会話から行事に関しての報告がズラリと並んでいる。今日の事件についてカナから報告されているが、母親から返信は来ていなかった。余談だが、『ママ』と登録されている。ちょっと微笑ましい。
「ね? ちゃんといるでしょ?」
「あ、あぁ……」
「アタシのパパが転勤族でさ、もうめんどくさいからアタシ一人で暮らすことにしたの」
一人暮らしに憧れてたのもあるし、とカナは言葉を付け足して小さく笑った。
「黒峰は――――両親いないって警察のときに言ってたっけ」
「ああ。数年前に事故で……」
「…………そっか」
カナは謝るわけでもなく、慰めようとするわけでもなく、落ち着いてオレの言葉を受け止めた。下手に同情されると、むしろこっちが気を遣うので、こういう淡々とした反応の方が助かる。
「正直さ、アンタに何があったのか聞きたい」
「……」
「とくに彩奈とどうなったのかを」
「――っ」
その名前を聞き、思わず顔をしかめてしまう。
「黒峰が学校を休み始めたタイミングで、彩奈も休み始めたんだよね。連絡しても返事がないし……。家に行っても門戸って人から追い返された。彩奈は体調を崩してるってだけ言われてさ」
「…………」
「何があったのか何にも分かんない。アンタたち三人がどんな関係なのか分かんないし、何が理由で黒峰と彩奈が学校に来なくなったのかも分かんない。絶対に体調不良じゃないでしょ、彩奈が学校に来なくなった原因は」
カナの真剣な言葉を黙って聞き続ける。目を合わせることもできない。隣にいるカナから少しでも逃げるように、オレは床を睨み続ける。そんなオレを見てカナは何かを悟ったようにため息をついた。
「ま、今はいいや。休むことが先決っぽいし。何か食う?」
「……いい」
「あっそ。じゃあ先に風呂入っていい?」
「……うん」
立ち上がったカナは部屋から出ていこうとするが、立ち止まって振り返る。ジーっとオレを見つめてきた。
「なんだ?」
「…………絶対に覗くなよ?」
「覗かないって……」
「タンスにも触れるなよ……? ちょっとでも触ったら分かるから」
「分かったよ、絶対に触らない」
「……アタシが風呂から上がるまで目を閉じろ。今から閉じろってば」
「…………」
警戒心むき出しのカナから促され、渋々目を閉じる。思ったよりも気にするタイプのようだ。
「黒峰、一応言っておく。アンタを家に泊めることに、深い意味はないから。変な気を起こしたら承知しないからな」
「…………はいよ」
変な気を起こしたところで、返り討ちにされそうな気もするけどな。
◇
黒峰に念入りに注意したアタシは風呂に入り、シャワーを浴びる。
水を含み重くなった髪を掻き上げ、今の恐ろしい状況を改めて認識した。
「ア、アタシが男を家に泊めるとかぁ…………!」
自分のことながら信じられない気持ちになっている。
しかもただの男じゃない。彩奈と良い感じになりながらも、春風にベッタリしていた男だ。堂々と二股をする最低な野郎…………というのが、つい数日前のアタシから見た黒峰リクという男。けど、ことはそう単純じゃない気がしている。
何か……何か、アタシには想像できない事態が起きている、そんな気がしてならない。
「黒峰から無理やり聞き出す…………は、ダメかー」
自暴自棄のように振る舞い、自分の命を軽視するほど精神的に追い込まれているように見える。今はゆっくり休ませることが大切だと思う……多分。
思考が整理され、今度は自分の身に起きたことを思い出す。ガラの悪い男に絡まれ、両手を掴まれて拘束された。もしあのまま連れて行かれたらどうなっていたのか……。
「っ……!」
想像もしたくない。黒峰には本当に感謝しているし、困っているなら力になりたい。一生ものの大きな借りができたとアタシは思っている。感謝してもしてきれないほどに……。
そうして、お風呂から上がったアタシが部屋で目にしたのは、床に転がりぐっすり眠る黒峰の姿だった。よほど疲れていたに違いない。起きる気配が全くなかった。
「黒峰ー。風呂も入らずに寝やがって…………ん?」
よく見ると、黒峰の目端から何か光るものが伝っている。涙だ。しかも時折、「星宮……星宮……」と苦しそうに呟いていた。というより、うなされている。
眠っているにもかかわらず、黒峰は泣きながら彩奈を気にかけていた。
「何があったんだよ、くそ……」
ただの最低な二股野郎じゃない。それだけは分かる。
苦しみ続ける黒峰と、学校に来なくなった彩奈……。
何とかして二人の力になりたいと、今のアタシはそう思うことしかできなかった。
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