第36話
「えと、どうしよっか……あはは」
付き合うことになって僅か一分後。お互いにどうしたらいいのかわからず、チラチラと視線を送り合って戸惑っていた。とりあえず距離を詰めようと思い、ベッドに座り直した星宮の隣に腰を下ろす。
「わ、わわっ。黒峰くん、なに?」
「普通に座っただけなんだけど。何に焦ってるんだ?」
「べ、別に焦ってないし……」
「焦ってるじゃないか。しかもオレから視線を逸らして」
「……」
黙ってしまう星宮。
「星宮。何かしたいことある?」
「と、とくに……。黒峰くんは?」
「星宮とエロ本みたいなことがしたい」
「直球だねぇ! ビックリするくらい直球だよ!」
「星宮はエロ本みたいなことがしたくないのか?」
「どうして真顔でそんなことが言えるのかなぁ!? あたしにはわからないよ!」
「したくないの?」
「……も、もっとね、お互いのことを知ってから……」
「黒峰リク16歳右利き得意な科目なし苦手な科目なし趣味もとくになし――」
「待って待って! そういうことじゃないの! しかも、ないない尽くしだし!」
「じゃあなんだよ」
「あ、あたしたちってさ……お互いがどんな人生を歩んできたとか、そういうの、よく知らないと思うんだよね」
「まあ……過去について話すこと、なかったよな」
「その、もっと深く黒峰くんのことが知りたいし、逆にあたしのことも知ってほしい」
そういうことなら、と思いオレは自分のことについて話す。とはいっても特別な何かがあるわけではない。いや、あることにはあるが、家族を失うキッカケとなった事故を除けば、至って普通の人生だ。ひたすら陽乃にくっついて、陽乃以外には一切目を向けない人生。そうなると、陽乃と何をしたのか、そのことばかりが話題になる。
途中から星宮が優し気な表情を浮かべていることに気づき、これは気遣われている、と感じて話を終わらせた。
「今度は星宮の話を聞きたい」
「あたしの話だね、いいよ」
「星宮の話が終わったらエロ本みたいなことをしよう」
「だ、だから早いってば! まず最初の一ヶ月間は名前呼びから初めて……。それから三ヶ月間は手を繋ぐ期間で……」
「遅すぎるだろそれは。四か月経っても手を繋ぐだけって……」
「だ、だって……恥ずかしいというか、心の準備が……!」
「わかった。星宮のペースに任せる」
ぶっちゃけエロ本みたいなことがしたいというのは冗談だ。 星宮なら焦りながら断るだろうと思い、からかい気分で言っただけのこと。オレもそこまでの度胸はない。一人の男子高校生として興味があるのは事実だが……!
「うーん。何から喋ろっかなぁ」
「あ、じゃあ聞いていいか?」
「いいよ。変な質問したら怒るからね」
「普通の質問だ。星宮って、中学生の頃は地味子だったのか?」
「ねえその地味子って呼び方やめてくれない?」
「わかった。高校デビューしたのか?」
「うーん、そうだね。高校に入ってから今みたいな感じになったかなぁ」
「やっぱり高校からか。あの写真に写ってる星宮は黒髪で大人しそうな格好してるもん
な」
オレはテーブルに置かれた写真立てに指をさす。あの写真には星宮の両親と中学生らしき星宮が写っているのだ。
「高校デビューしたキッカケとか……ある?」
「どうだったかな、よく覚えてないかも。それまでの自分を壊したかった……ような?」
『それまでの自分』を壊したかった――ドキッとするきつい表現だな。
「今度は両親について教えてほしい」
「あたしのお父さんとお母さんはねー、凄く優しいよ」
「わかる。それは写真を見たら伝わってきた」
「でしょ? でも過保護なところもあってね、あたしが転んだだけで救急車だー! って大騒ぎしていたの」
「はは、それは大変だな」
「とくに小学生の頃のあたしは外で遊ぶのが好きだったから、たくさん心配かけたかなー」
楽しそうに語っているのが表情だけではなく声からも伝わってくる。それだけ素晴らしい思い出なのだろう。
「あーそれと、家族でドライブに行くのが楽しかった」
「ドライブ?」
「うん、ドライブ。お父さんが車大好きでね、休日になると三人で車に乗って色んな観光スポットに行ったの。それでね、あたしが中学生になってからもドライブ……行って?」
「星宮?」
「あれ、変かも。小学生の思い出は覚えてるのに、中学生の途中から記憶が曖昧に……」
様子がおかしい。急に星宮は辛そうにして頭を抱えた。どう見てもただ事ではない。
「おい星宮。無理はするな。話したくないなら別に……」
「ち、違うの……。何か、何か思い出しそうな……っ!」
頭痛だろうか。星宮は痛そうに顔を歪めていた。それでも自分の記憶を引きずり出すように、ポツポツと喋り始める。
「中学一年の頃は入学祝いで出かけて……それと中学二年の夏にもドライブに行って…………確か、帰りに――――ぁ、ぁぁ……っ!」
それは、突然のことだった。
何かの衝撃に打たれように――。
「やぁあああああああ!!」
悲鳴とも判断できない凄まじい叫び声が、星宮の口から発せられた。
「ち、ちが……あぁああああ!!」
「星宮! どうしたんだよ!」
いきなりのことに戸惑うしかない。
星宮は発狂したように泣き叫び、自分の頭を抱えてベッドの上でジタバタと暴れ始める。
「どうしてぇええ!!」
「おい、しっかりしろって!」
「やぁあああああ!!」
「――――っ!」
暴れ狂う星宮に触れようとしたが、思いっきり腕を引っ掻かれた。何が……何が起きているんだよ!
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
だが今は星宮から離れている余裕がない。
ピンポーン。
再び鳴らされる。
ピンポーン。ピンポーン。
ピーンポーン。ピンピンピンピンポーン。
「うるせえなぁ!」
気持ちは分かるけど鳴らしすぎだろ!……あ、この連続ピンポンには覚えがある。門戸さんだ!
オレは泣き叫ぶ星宮を見て迷うが、玄関に走って行く。
そしてドアを開けると――――。
「彩奈ちゃん!?」
「門戸さ――――」
オレを押し退け、門戸さんは部屋内に駆け込んだ。それも靴を脱がずに。
「な、なんだよ……っ」
オレはドアを閉めてから急いで星宮の下に向かう。
「大丈夫、大丈夫だからね、彩奈ちゃん」
「どうして……どうしてぇえええええ!!」
何に対して発狂しているのか。星宮はベッドの上で前屈みに蹲り、何かを拒絶するように泣き叫んでいる。そんな星宮を門戸さんは優しく「大丈夫だからね」と語りかけながら、懸命に抱きしめようとしていた。
「も、門戸さん。これって――――」
「悪いけど出て行って!」
「え?」
「今のリクくんには何もできないでしょ! 後で説明するから外に出て!」
今までの門戸さんはだらしない大人にしか見えなかった。
しかし今の門戸さんからは凄まじい気迫が放たれており、この上なく真剣な表情でオレを睨んでいた。
「やだぁああああ!!」
「大丈夫だよ彩奈ちゃん。私がここに居るからね」
門戸さんは星宮に引っ掻かれながらも優しくあやしている。
……今のオレに、できることはない。
ひとまず門戸さんに従うことにし、星宮の家から出るのだった。
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