第32話
「オーナー、お先に失礼します」
「あら彩奈ちゃんお疲れ様。もう外は暗いけど大丈夫?」
バイト終わり。午後10時を少し回った頃。
着替えを終えたあたしはレジに立つオーナーと向き合っていた。
店内にお客さんの姿は見えない。この時間になるとお客さん少ないなー。
「大丈夫ですよオーナー。あたし、子供じゃありませんから」
「そうじゃなくて……ほら、ストーカーよ。今日もリクちゃんは来ないのかしらぁ?」
「もう黒峰くんは来ませんよ。ストーカーは私の気のせいだったので……」
「あらん……。今日は歩きで来たのよねぇ? こんな暗い山で女の子一人は危ないわよぉ」
「大丈夫です! もし変な人に襲われても走って逃げます!」
こう見えても運動には自信がありますから、とあたしは明るい笑みを浮かべる。
そんなあたしを見てもオーナーは不安そうな面持ちを変えることはなかった。
「彩奈ちゃん。私が車で送ってあげるわぁ」
「いえ、いいですよ。本当に大丈夫なので」
「そう……。何かあったら、すぐに逃げて警察に電話するのよぉ?」
「大袈裟ですよ、オーナー。本当に大丈夫ですから。それではお疲れ様です」
あたしはオーナーに軽く頭を下げ、店から出て行く。
コンビニ周辺なら、まだ店内の光で明るい。
それでも舗装された山道をどんどん下っていくと、やがてコンビニの光が届かなくなって暗闇に包まれていく。ぶわっと途端に恐怖を感じた。
なんとなく真横のガードレールから先を覗いて、急な斜面が広がっていることに気づき、ゴクッと息を呑む。
「な、なんかあたし……敏感になってるかも」
気を紛らわせようと思い、スマホを取り出した。
「あ、カナから誘い来てる」
街灯がなく月明りだけが頼りの山道。スマホだけが今のあたしに安らぎをくれた。
「次の土曜日かー。バイトがあるんだよねー」
申し訳なく思いながらカナの誘いに断りを入れる。
それからも他の友達に返信を済ませ、10分ほど歩き続けたときのこと。
「……?」
じゃりっと、後方から自分以外の足音が微かに聞こえた気がした。まさかと思い、ゆっくりと振り返る。少し離れた先に、ボンヤリと人の輪郭が暗闇の中に浮かんでいた。雰囲気からして……男の人?
あたしが足を止めると、その人も足を止めていた。
「た、たまたま……だよね?」
あの人も何か事情があって、この山道を歩いてるに違いない。 そう自分に言い聞かせて、再び歩き続ける。
――――じゃり、じゃり、じゃり。
その足音は、テンポを早めてあたしに近づいていた。
我慢できず、バッと振り返る。
暗くて顔や服装は見えない。しかし、さっきより距離を詰めていた――。
「――――っ」
ゾワっと全身の肌に寒いものが走るのを感じ、心臓のドクドクという音が全身に広がる。あの人、絶対にあたしを意識してる。
あたしが足を止めるのに合わせて、あの人も足を止めてるし……。
――――い、いやいや。
まだストーカーと決まったわけじゃない。何かの偶然かもしれないよね。そう思いながらもあたしは小走りで先を急ぎ始めた。この山道を抜けるには後20分くらいかかる。もし襲われたら逃げ切れない。
恐怖に急かされてどんどん足を速めているのに、後ろから足音が近づいてくる。
――こわい、こわい! ストーカー、気のせいじゃなかったの?
「ぁ――」
足を絡めてこけてしまう。咄嗟に地面に手をついて、手の平に痛みが走った。
「いたた……っ」
じゃりじゃりと足音が近づいてきた。その男の人が、すぐ背後にまで来ているのがわかる。怖くて振り返ることができない。
――――黒峰くん。
「星宮、大丈夫か?」
「…………え?」
あたしが今一番聞きたい声が背後からして振り返る。
そこに居たのは――やっぱり黒峰くんだった。
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