第31話
陽乃と協力して星宮のバイト先に張り付いたり、アパート周辺に潜んで警戒していたが、残念ながらストーカーの姿を見かけることはなかった。気がつけば今日が最終日。明日になればオレは星宮のアパートから出ていくことになる。
延長を申し出たが「キリがないよ。それに付き合ってもない男女が、いつまでも同じ部屋で寝泊まりするのは良くないと思うし」と今さら発言をされてしまった。
オレはどうすればいいのか。 だが、ここまで探してもストーカーが見つからないということは、本当にいないかもしれない。唯一の被害である下着消失も、風に飛ばされた可能性が濃厚になっている。
あとは……バイトの帰りに気配を感じることか。星宮は午後10時までのシフトが多い。人気がない暗い山道で、後ろから人の気配がするのは怖いだろう。しかしストーカーの姿をハッキリ目にしているわけではないので、気のせいだと結論づけることも可能だ。
「なんか胸騒ぎするんだよな……」
直感だろうか。このまま諦めてはダメな気がする。
「リクちゃん、どうする? 今日が最後の一日だよ」
「収穫があったとすれば、陽乃がもんもんと意気投合したくらいだな」
「門戸さん楽しいよね! あんなお姉ちゃんが欲しかったなぁ」
陽乃に苦笑いしたオレは視線をずらし、カナと楽しげに会話する星宮が視界に映った。もうストーカーは気のせいだと割り切ってしまったのだろうか。
「ねえリクちゃん。あれだけ探してもストーカーが見つからないってことは、本当に気のせいなんじゃないかな」
「……オレたちの気配を感じて現れないだけかもしれないぞ」
「そうかもしれないけど……」
「なんだよ。何か言いたいなら言っていいぞ」
オレが促すと、陽乃は申し訳無さそうに口を開いた。
「私たちにできるのは、これが限界じゃないかな」
「限界、か……」
「うん。ただの高校生にできることは限界があるし……。仮にね、ストーカーと出くわしたらどうするの?」
「それは――――」
「取り押さえる、なんて言わないよね? 危険だよ」
「そんなことは言わないさ。警察に言うだけだ」
「ストーカー行為の証拠、どうするの? 何もないよね?」
「……」
陽乃から淡々と尋ねられて何も言えなくなってしまった。
「私も彩奈ちゃんには安全に暮らしてほしいから協力していたけど、本人が気のせいだと言うならそれが事実になるんじゃないかなぁ」
「……もう諦めろと?」
陽乃は何も言わず、静かにコクリと頷いた。
一瞬、苛立ちを感じたがすぐに陽乃が正しいと理解する。
「ごめんねリクちゃん。酷いこと言って」
「いや……それが正しいと思う。オレも勘だけで動いていたしな」
陽乃は何も悪くない。むしろ協力してくれた側だ。
そう考えるオレだが、やはりスッキリしない。
ならいつまで星宮のアパートに暮らすことになるのだ、という話になるわけで……。
「ここらが潮時か」
授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
陽乃が自分の席に戻るのを見送り、オレはボーッと時計を眺めた。
あと数時間後、オレは星宮のアパートから退散することになる。
この胸のざわつきや嫌な予感は、オレが星宮と離れたくないだけなのだろうか。
「でも星宮は……離れたいんだよな」
最近になって色々と不満をぶつけられるし……。
どう考えてもオレ、邪魔者だなぁ。
○
「今までありがとね、黒峰くん。それと存在しないストーカーで振り回しちゃってごめん」
アパートに帰ってきた後、すぐに星宮は頭を下げてきた。
早速別れの挨拶か。
「本当にオレ、帰っていいのか? 一応、昨晩のうちに荷物はまとめてあるけど……」
「いいよ、いいに決まってるじゃん。これ以上黒峰くんに迷惑かけるの申し訳ないし」
「別に迷惑なんて思ってないけどな」
「それでもアパートから出て行かないと」
そんなに出て行って欲しいのだろうか。星宮は真顔を緩めた柔らかい表情を浮かべている。どんな気持ちでいるのか読み取れない。
「やっぱり、もう少し様子見た方が良くないか?」
「え、なに。あたしのことが好きなの? 随分とアパートに残りたがるね」
「そ、そういうわけじゃ……」
咄嗟に否定してしまった。
「だよね、黒峰くんは春風さんが好きなんだから。それも両思い」
「……」
「じゃあさ、いつまでもここにいる訳にいかないよね?」
まるで子供を諭す母親のように、星宮は丁寧な口調で言い聞かせてきた。
「そうだけど、星宮はオレの命の恩人だろ? 出来る限り力になりたいんだ」
「…………わく」
「え?」
「迷惑だよ、そういうの」
星宮はオレを正面から見つめ、感情のない淡々とした声音で言葉を紡いでいく。
「命の恩人とか言って必要以上に付き纏ってくるの、迷惑」
「星宮?」
「確かにあたしからお願いしたけどね。でも、ストーカーは気のせいで決着ついたかな」
「そうだけど……」
「正直に言うと、これ以上黒峰くんと暮らすのが辛いんだよね。色々と気遣うことが多いし……」
「もしかしてオレのこと、嫌い?」
流石に否定されるだろう。
そんな期待を込めての情けない質問だったが、星宮は考え込み、そしてゆっくりと答えた。
「嫌い……うん。嫌い、かな」
「――――っ!」
「あたし、黒峰くんが嫌い。だから、もういいよ」
「星宮……」
「あたしに縛られちゃダメ。黒峰くんは春風さんの傍に居たいんでしょ? あたしという命の恩人に、縛られちゃダメ」
「縛られるなんて――!」
だが、心のどこかで納得した部分もあった。命の恩人に尽くす、それは聞こえの良い言葉と同時に、縛られることを意味する。
黙り込んでしまったオレを見て、星宮は優しげな微笑を見せた。
「好きな人が居るなら、その人のところに行かなくちゃ。あたしに縛られず、黒峰くんは自分のしたいようにしたらいいんだよ」
「オレの、したいこと……」
「振られたら自殺考えちゃうくらいに春風さんが好きなんでしょ? ならもう迷う必要ないよ。あたしのことは気にせず、春風さんのところに行って」
星宮は我が子を送り出す母親のような、慈愛に満ちた笑みを浮かべてそう言った。
……なんなんだよ、それ。
嫌いな人に向ける顔かよ、それ。
「今までありがとね」
「星宮……」
「ほら行って! 早く!」
荷物をまとめたリュックを押し付けられ、更にグイグイと背中を押されて玄関に追いやられる。何故か星宮は俯いて顔を見せないようにしていた。
「また明日、学校でね」
「あ、あぁ」
そうは言っても、オレたちが学校で話す機会はないだろ。
そのような言葉を口にすることはなく、オレは靴を履いて星宮の家から出て行く。ガチャリと音を立ててドアは閉まり、呆気なくオレと星宮の生活は終わりを告げた。
「嫌い、か」
本気か嘘か。
嘘であって欲しいと思う一方、無神経だの何だの言われてきた身としては、本気の発言に思えてしまう。
「あぁ、ちくしょう」
翌日、星宮は学校を休むことになると――――この時のオレは、考えてもいなかった。
◇
「やっちゃったなー」
一人きりになった部屋を見回し、あたしは不自然なほど明るい声で独り言を口にした。無理してでも明るく振る舞いたかった。
「これで良かったんだよね……。中途半端な距離で一緒に居るより、いっそ離れた方が楽だよ」
それに、あの二人は両思いなんだから……。
「命の恩人ってだけで傍に居てもらっても釈然としないし……。そんなことで黒峰くんを縛りたく……ない、なぁ。…………嫌いは言い過ぎたかも……。でも、あれくらい言わないと黒峰くんは引かないし……」
ひたすら後悔が胸に渦巻く。どうしてもスッキリしない。
ふとテーブルに置かれた両親の写真に目をやり――――自殺――――黒峰――――両親。
「っ!」
ズキっと頭に痛みが走ったので、咄嗟に目を逸らした。
何かの映像が頭に浮かんだけど、すぐに跡形もなく消滅する。もう思い出せそうにない。
「あたし、なにか……忘れてる……?」
◇
午後5時を回り、あたしはバイトに向かうために家から出て自転車置き場に向かう。そうして自転車に乗って走り出そうとした瞬間だった。
「えっ。パンク……?」
後輪タイヤに違和感を感じて触ってみると、呆気なく凹んだ。空気がなくペコペコになっている。
「うそ、今から修理に行ってる暇ないんだけど……」
バイト遅刻確定。何よりも、帰りにあの街灯がない暗い山道を数時間歩かなくてはいけない。そのことを想像すると気が滅入りそうになった。
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