第30話

「きゃー! なになに! 誰――――って、リクくんじゃん!」

「も、門戸さん?」


 オレが押し倒したのは、隣室に住むエロ漫画家の門戸千春……もんもんだった。驚愕に満ちていたもんもんはオレの顔を認識するなり、ニヤッとやらしい笑みに変える。


「あららー。私の美貌を前にして、ついに迸る若さを抑えきれなくなった? でも残念。私は誰にでも体を許す女ではないのだよ! てか警察呼ぶけど?」

「……あの、ここで何しているんですか? てっきりストーカーだと勘違いして……」

「ストーカーとは心外な! 私は彩奈ちゃんのパンツが見たくてアパートに来たんだよ!」

「ストーカーと変わらないだろ! 警察呼ぶのはこっちだ!」

「違うってば! 私はベランダに干されているJKのパンツが見たかったの!」

「この変態女め!」


 怒りの興奮が抜けきらないオレは、珍しく怒声を発して息を荒げた。オレに押し倒されたままのもんもんは目を丸くしながらも冷静に事情を説明する。


「漫画だよ漫画。一人暮らしのJKを描いてるんだけど、少し行き詰まったから見に来たの」

「……」


 どう反応したらいいのか分からず、オレは無言になってしまう。

 アウトかセーフか……アウト寄りのアウトだろ。


「リクちゃん! 早くどかないと!」


 慌てふためく陽乃に肩を引っ張られて起き上がる。もんもんは「やれやれ。これも美人ならではの苦労か」と土を払いながら起き上がった。……美人だけど自分で言うな。もんもんの場合は言動で全てが台無しになっている。


「んー? そっちの可愛い女の子は……」

「えと、私は春風陽乃です! リクちゃんの幼馴染で、彩奈ちゃんの友達です!」

「……へー」


 もんもんはジロジロと陽乃を眺め、何かに納得したようにしきりに頷く。

 当然、陽乃は居心地が悪そうに身を竦めていた。


「あの門戸さん。なにしてるんですか?」

「んや、彩奈ちゃんと方向性は違うけど、可愛いねー」

「あ、ありがとうございます……?」

「陽乃ちゃんモテるでしょ? 月に何回告白される?」

「門戸さんいい加減にしてくれ。陽乃が困ってるだろ。それに月に何回も告白とか――――」

「三……四回くらいです」


 ――――えっ!? 

 モジモジと恥ずかしそうに打ち明けた陽乃に、オレは驚愕する。

 そんなに告白されてたの? も、モテモテじゃないかぁ。


「あ、もちろんお断りしてるからね! 私はリクちゃん一筋だから!」

「やるねーリクくん。こんな堂々と二股するなんて」

「してないですよ……。どっちとも付き合ってないです」

「ウソでしょ? じゃあさっさと付き合いなさいよ! こうガツンと男らしく、ハーレム作るのだ!」

「何言ってんだアンタ。気まずくなるからやめて」


 無駄に元気よくガッツポーズするもんもんに、オレは心の底から呆れ返る。


「リクくん。私から話があるんだけどいいかい?」

「絶対にろくでも無い話だけど、一応聞きます」

「一夫多妻制の国に、興味ない?」

「はい時間の無駄でした。いくぞ陽乃」

「門戸さん! その話、詳しく聞かせて下さい!」

「陽乃!?」


 キラッと目を輝かせて食いつく陽乃。どうしちゃったんだ! 困惑するオレを見て気持ちを察したのだろう。陽乃は地面を見つめながら自信なさげに喋る。


「だって、私が選ばれない可能性あるし……」

「いや……」

「もしリクちゃんと彩奈ちゃんがいいんだったら……ねえ?」

「ねえって言われても困るんだけど」


 ようするに合意の二股を求められているのか? 勘弁してくれ。とてもじゃないがオレには想像できない。女の子二人と同時に付き合うなんて……。そもそもオレが星宮と付き合える保証は何一つない。


「リクくん。3人目にも興味ない?」

「は?」 

「二十半ばでエロ漫画ばっか書いて、もんもんしてる美人なんだけど」

「それアンタのことでしょ。なに便乗してるんですか……」


 美人だとは思う。これで性格がおしとやかであれば恐ろしいぐらいモテただろう。


「リクちゃん! 年上好きなの!? そういえば中学生の頃、お姉さん系のエロ漫画をコンビニで読んでたよね」 

「それ今言うことか? 明らかに嫌がらせだろ」

「元気系幼馴染にウブなギャル。そしてエロい美人お姉さん! お、ハーレム完成じゃん!」

「……私は良いよ? リクちゃんの傍に居られるのなら」


 誰か――――助けてくれ。

 いっそストーカーを相手していた方が良かった。この場に星宮が居れば彼女たちも落ち着いて……いや、星宮は顔を真っ赤にして焦るだろうな。

 ともかく、もんもんと陽乃を組み合わせたら天井知らずで話がぶっ飛んでいく。

 両方とも勢い系タイプなので制御できないのだろう。


「陽乃ちゃんノリノリで可愛いね! 私の家で一杯やってく?」

「お願いします!」

「既に酔っ払ってるだろお前ら……」 


 呆れがちなオレを無視して彼女たちは話を進める。


「いっそうちに泊まりなよ。今日はもう遅いしさ」 

「そうですね。明日も学校だけど、大丈夫です!」

「いいね! あ、いっそ彩奈ちゃんも呼ぼっか。女子三人でウキウキのお泊り会としゃれこもう!」

「それ、いいですね!」


 ……なんだこの人たち。もう勢いとノリだけで生きているじゃないか。オレには考えられない世界である。


「リクくんも泊まる?」

「遠慮します。絶対に」


 ストーカーの問題が解決していないのだ。とても遊ぶ気分にはなれない。

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