第29話

「せめてストーカーが居る証拠さえ掴めたらな……」

「なにが?」

「……陽乃か」


 教室の隅で悩んでいたオレが顔を上げると、不思議そうな顔をした陽乃が隣に立っていた。


「いや、ちょっと色々あってな」

「ふふん、じゃあ私に相談するといいよ! 大切な幼馴染の悩み、なんでも聞いちゃうからね!」


 陽乃はトンと自分の胸を叩き、オレに悩みを打ち明けることを勧めてくる。

 オレは少し迷ったが、星宮から一週間の期限を出されたことを打ち明けた。


「そっか……。でもそうだよね。彩奈ちゃんは意外と真面目な性格だから、ストーカーの存在に疑いを持つのも無理はないかも」

「あぁ。ていうか意外と真面目な性格って……」

「えぇ? だって意外すぎない? 彩奈ちゃん、すごく派手な見た目してるじゃん。なのに中身は真面目だし……しかも家の中ではアレだからね」

「あぁ、地味だな」

「濁してたのに直球に言っちゃった!」

「濁してきれてないぞ。アレの時点で何が言いたいのか分かる」


 やはり陽乃も今まで口には出さなかったが、地味モードの星宮が気になっていたらしい。


「もしかして、高校デビューかなぁ?」

「さあ? あまり聞いたことがないな」

「そっか。ま、今はストーカーについてだね。とにかく本当にストーカーが居るのか居ないのか、そこをハッキリさせないと」


 その通りだ。陽乃は「リクちゃんが傍に居ると中々姿を見せないんじゃないかなー」と前からオレが気にしていたことを口にした。やはりそう思うか。


「もしストーカーが居るとしたら、コソコソ隠れながら遠くから見てそう」


 陽乃の予想が正しいなら、ストーカーの存在を確認するのは難しいかもしれない。だがのんびりしていると、あっというまに一週間が経過してしまう。ストーカーが居るのか居ないのか……陽乃の言う通り明確にする必要があるだろう。

 オレは腕を組み、どうしたものか頭を悩ませる。


「ねえリクちゃん」

「ん?」

「ストーカーの存在をハッキリさせればいいんだよね?」

「そうだな」


 陽乃はニヤッと口端を釣り上げた。


「私に、考えがあるよ」



 ◯



「これが、その考えか?」

「そうだよ!」


 ため息をこぼしそうになるが胸の中に留める。

 午後9時。オレと陽乃は、アパートの裏側にて茂みの中に潜んでいた。潜むというより裏側に居るのが正しいか。

 アパートの裏から部屋のベランダが見えるようになっている。つまり干している洗濯物が確認できるということだ。星宮のベランダには洗濯物が干しっぱなしになっている。もちろん輝かしい下着も混じっていた。

 ちなみに星宮本人はアルバイト中。あと三十分後に、オレは星宮が働くコンビニに向かう予定だった。


「中々ストーカー来ないねー」

「そうだな。もう待ち構えて三時間になるぞ」

「張り込みは忍耐勝負だよ。彩奈ちゃんの下着を囮にしてストーカーをおびき出す……完璧な作戦でしょ?」

「盗まれたのは一枚だけだぞ? 日頃から盗まれているならともかく……」

「とりあえずやれることは片っ端からやろうよ。明日は彩奈ちゃんのバイト先に張り込んでストーカーを待とっか。もし本当にストーカーがいるなら、絶対に彩奈ちゃんの行動パターンを確認しているはずだから」


 謎の説得力がある陽乃の言葉を聞き、オレは心理的な姿勢を正す。やれることは片っ端からやる。もっともだ。というより今までが何もしてなさすぎた。いや余裕がなかったのだ。主にオレの心に。


「あ、見てリクちゃん!」


 陽乃が小声で叫びながら、アパートの下に指をさす。

 オレは茂みの間から覗き、一つの人影を確認した。

 暗くて輪郭しか見えないが、体格は細くて少し小柄だ。

 なにやら星宮のベランダを見上げている。


「ストーカーっぽいね。――――ってリクちゃん!?」


 陽乃の慌てた声が、背後から聞こえる。気づくとオレは茂みから飛び出していた。今まで散々星宮を怯えさせやがって! 

 オレは脇目も振らず駆け出し、その人影に突っ込み、勢いのままに押し倒した――――。

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