78時限目「未来の詩【ディージー・タウン】(前編)」
かつて、街を守り続けてきたアークは、ディージー・タウンを焼き払う兵器と化した。
「何がどうなっているのかね……」
サジャックを取り逃がしてから数分。体力を消耗しきったロシェロは小休憩を挟んでいた。自室から持ってきた包帯で応急治療をする。毒に関しては、モカニは預かっている“薬”を使って治療する。
しかし、その最中。そこからでも見える“信じられない光景”。
アークが何者かの手によって起動し、人間相手に牙をむいている。
「……話を聞いた。あの船には、例のお坊ちゃんが乗ってるってさ」
アーズレーターで連絡を取り、受け取った答えは“ドリアの悪足掻き”。
仕掛けていたのは爆破術式だけではなかった。いざという時の為、自分だけでも助かるために用意した最後の逃げ道。それは、古代遺産を兵器として起動する“畜生の所業”。
もう、あの船は止まらない。操縦しているドリア・ドライアを止めぬ限りは。
「エージェントは攻撃を止めるだけで精一杯。魔法は全部弾かれる……押し負けるのも時間の問題よ」
「……」
このままでは、街が焼かれる。炎に呑み込まれる。
「モカニ。君の巨兵人形。“下半身だけ用意する”事は出来るかね?」
薬の効果が現れ、出血も止まった。ある程度具合の良くなったロシェロは立ち上がると、アーズレーター片手に空を見上げていたモカニへ問う。
「下半身だけって……足だけの人形を使って何をする気?」
「……あの船を止める」
下半身だけ。そんな人形に何の意味があるのか問う。
出来るとわかった以上、強引な性格のあるロシェロは“作戦を実行する”ために、有無を言わさずガレージハウスの方へと向かう。
「私だけにしか出来ない方法だとも」
「……まさか、ね?」
ロシェロの自信ありげな表情。彼女が思い浮かべる作戦に、モカニは微かな“嫌な予感”を感じていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エージェントは迎撃をするだけで精いっぱいだ。アーク本体へ攻撃してもすべて弾かれる。
「チクショウッ! どうやって止めるんだよ、これ!?」
ほぼ無敵と言った最強の兵器。どれだけ攻撃しても止まらぬ炎。勢い任せで魔法を撃ち続けるソルダも、この絶望的状況には思わず声を上げる。
「……アークの結界は人々を護るためのもの」
火炎弾に猟銃を向けるブルーナが呟く。
「魔法こそ通さないが……人は通す。誰かがあの船に飛び込めば」
「どうやって!? 空高く飛んでるあの船に!?」
空を飛べたら話は別。だが、今の彼らには空を飛ぶ手段は勿論、持ち場を離れる余裕すらない。
船に飛び込めばチャンスはあるものの、誰一人としてあの船に到着できないのでは意味がない。ソルダは全く見えぬ突破口に悲鳴を上げ始めた。
「……あの船に、飛び乗ればいいんだな?」
だが、ただ一人。そう、ただ一人だ。
空を飛べる方法……あの船に辿り着くことが出来るかもしれない奴が一人だけいる。
その声、その場にいた大半の人間が聞き取れていた。
しかし、呼び止めるには……一秒という短い時間であっても遅かった。
「僕がっ……やるっ!!」
空を飛ぶ。
スーパーフライ。人一人を空に飛ばすことが出来る魔術兵装。体から風を放ち、スーパーフライは翼を広げ、火炎の弾の包囲網を突っ切っていく。
「「「「クロードッ!!!」」」」
手を伸ばすも、彼はもう空の彼方にいる。止められない。
「くっ……!」
周りが止めようとした理由もすぐに分かる。
数秒に一発のスピードで飛んでくる隕石を回避するのは困難を極める。
カーラー・クロナードのように。スーパーフライなどの兵装を使わずとも空を飛べれは回避は楽だっただろう。スーパーフライに器用な回避を求めてはいけない。
微量な軌道修正がやっと出来るといったくらいだ。火炎弾とエージェントの攻撃。板挟みになりながらも、クロードは箱舟へと迫る。
飛び乗れれば……飛び乗ってしまえば、あの船を止められる。
コクピットである艦首目掛けてスーパーフライの出力を上げる。体からも出せる限りの風を放ち、突っ込んでいく。
『近寄るなァアアッ!』
箱舟から声が轟く。どうやら向こう側も、クロードが近づいていることを探知したようだ。
『この、クズがァアアアアアアッ!!』
街目掛けて無造作に放たれていた火炎弾の砲台。
その銃口の全てが……迫りくる“クロードへと向けられる”。
「……ッ!!」
あれだけの量は無理だ。近づくよりも先に向こうに感づかれたのが運の尽きであった。
とんでくる無数の小隕石。
あれの回避は叶わない。少しでも被害を抑えるためには、空を飛ぶために放っていた風を全て体に纏う“完風総甲”へ回さなければならない。あっという間に塵になる。
防御に回す。
「かっ、あぁああっ___」
同時、大量の火の玉を体に浴びる。
結界を張ろうがその熱と反動は体に轟く。体のあちこちの皮膚が破け、骨と筋肉も爆破の衝撃で悲鳴を上げる。唯一の生命線であったスーパーフライも、火の玉の直撃を受けて粉々に砕け散る。
(チックショウ……!!)
体が動かない。
(おばあちゃんだったら……こんな攻撃簡単に避けて、あの船に飛び込んでみせてるだろう……!!)
下はクッションも何もないレンガの地面。クロードは受け身の姿勢も取れずに落ちていく。銃で撃たれた鳥のように、体の自由が利かない。
落下を待つしかない。クロードの視界が真っ暗に潰れていく。
「僕は……皆を救えな、」
「クロナード君! 構えたまえ!!」
“構えろ”。
その言葉の意味、何をすればいいのか。その咄嗟の言葉だけでは何をすればいいのか分からない。
「……っ!?」
だが、この状況で出来る事は、着地の衝撃に備えて身を固めることだ。体を丸くし、体全体に力を入れる。
「くっ……!」
___瞬間、やってきた衝撃。何かとぶつかる音。
「あ、れ?」
しかし、骨が砕ける音も。肉が叩きつけられる音も轟かない。
何かにぶつかったというよりは……“拾われたような”。背中には何やら熱を感じる。
「やれやれ、間に合ったな」
そっと視線を向ける。声は女性の声だ。
「私は“諦めが悪くてな”」
気が付けば彼は……“巨大な鉄の腕”。
人間一人なら覆い隠せるほどの巨兵の腕。
「あとは任せてくれたまえ」
空を飛び、落ちてしまったクロードを救出してみせたのは___
人類の脅威であるはずの巨兵と、その巨兵を自慢げに操ってみせるロシェロの姿であった。
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