78時限目「未来の詩【ディージー・タウン】(中編)」
街を走る巨兵。
その頭上では、得意の電流操作により巨兵を乗り物のよう操るロシェロ。雑にまかれた包帯がマフラーのように宙で暴れる。
「ロシェロ先輩!?」
何故、ゴリアテが動いているのか。何故、ロシェロがそこにいるのか。
クロードはそっと視線を下に向ける。ゴリアテが何の問題もなく歩いているという事は、下半身が完成しているという事だ。
しかし、下半身の完成が近いだなんて話は全く聞いていない。ゴリアテの事になれば自慢気に話すはずのロシェロがその事柄を黙っているとも思えない。
まさか、この短い期間に下半身を完成させたというのだろうか。クロードは手のひらの上でそっと匍匐前進をし、下半身を覗いてみる。
「……ッ!」
___たくましい鉄の巨兵の上半身。その下半身は、
___その巨兵には似合わない細身。農民のズボンをつけた木製の人形の下半身があった。
「ダっっっセぇッ!?」
あまりにも形になっていないゴリアテの完全体にクロードは思わず叫んでしまった。ロマンもクソもない、間に合わせのその姿に。
「いやぁ、すまないな。もっと形になる体はないのかねとモカニに苦情をつけたが、『こんな時に贅沢言うな!』と一蹴されてしまってな」
この下半身。素材やら何やらまで分からないが、作りには見覚えがある。
モカニの巨大人形の下半身だ。巨兵の上半身と無理矢理接続。あとはロシェロの出来る限りのワガママで無理やり動いているという状況だ。
「話は大方聞いていた。あの船に近づけばいいのだろう?」
宙を浮いているアーク。その距離はまだ遠い。
「この私が来たからにはもう安心だ。このゴリアテが人類の脅威ではない未来ある巨人だという事をここに証明しようじゃないか!」
意気揚々。胸を張ったまま頭の上で両手を組むロシェロの高笑い。
当然、向こう側も突然の巨兵の登場に驚いているはずだ。現に火炎弾の銃口は引き続きクロードの方へと向けられている。しかし、ロシェロは構わず突っ込み続ける。
余程の自信があるとみえる。このゴリアテの戦闘能力と耐久性に。
「……それより、クロナード君。少しお願いがあるのだが」
高笑いの後、微かに申し訳ない表情でクロードを見ないまま、ロシェロが口を開く。
「この巨人。防御結界がないのだよ。だから、ハチの巣にされれば一撃で昇天だ。そこで防御を君に任せ、」
「わかりましたともッッッ!!」
クロードは半ギレ気味に答えながら、風を火炎弾に放ち、迎撃手段を取る。
なんとなくだが読めていた。その自慢気な表情は飾りなのか。天才と馬鹿はやはり紙一重なのかと、クロードは両手を突き出した。
火炎弾は何とか防ぎきる。とはいえ、一度負傷した身であるクロードだ。今までと比べて、その出力は落ちている。
「……おっと?」
途端、振り落とされそうになる。
気のせいだろうか。アークの攻撃を受け止めた途端、ゴリアテのスピードが落ちたと同時に姿勢が不安定になった気がする。さっきと比べ、ゆりかごのように快適だった乗り心地が悪くなる。
「おわーーっ! 大変だぞ、クロナード君!!」
頭の上で突然ロシェロが騒ぎ出す。
「今の攻撃で上半身と下半身の接続が悪くなったどころか、その飛び火で下半身が燃え始めている!」
「はぁあああーーーーッ!?」
言われた通り、下を見てみると下半身が燃え始めている。あれだけの火力、風で吹き飛ばすのには無理がある。最悪、火の勢いが増す。
「大丈夫なんですか!? あの船まで間に合うんですか!?」
「うーん。私の計算では、このまま走り続ければ船にまでは届くとは思う。だがね、」
そっぽを向きながら、結論を口にしてくれた。
「その前に攻撃を受け続けたら、さすがに終わりかなーって」
「バカヤロォオオオッーーーー!!」
クロードはついには怒鳴りつけた。
頭の上からは『仕方ないじゃないか、急いでたのだ。助けてやったのだから贅沢言うんじゃないよ若造』と文句が聞こえてくる。お前も若造だろうがと言いたくなる。
実際、助けてくれたのには恩義を感じている。今の叫びも理不尽だというのは分かっている。だが、叫ばずにはいられなかったのだ。
クロードの心中を察してほしい。こんな火の海の中、本来は熱くなりやすい性格のクロードが冷静でいられるわけないのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
燃える下半身。ゴリアテが撃墜されようとしている。
まさかの援軍に希望こそ見えていたエージェント軍であったのだが、たったの数分で一転攻勢を繰り返すこの状況に再び顔色が悪くなっていく。
「先輩さぁ……」
「ダメだな、こりゃ」
何というマヌケな後姿を見せられているのだろうか。これには、アカサとブルーナも頭を抱えていた。頑張りは凄く伝わってくるし、その面倒見の良さと正義感も心を打たれたが、こうも呆気ないとやっぱり台無しになる。
「どうします? あの役立たずの巨人」
「決まってる! あの巨兵の援軍へ至急向かう! 何があっても沈めさせるな!!」
エージェント軍はカルーアの命令と共に前方へと動き出す。街を護るために残ったディージー・タウンの魔法使いたちも一斉にだ。
進み続ける。街を護るために。
アカサ達も一斉にゴリアテの元へと向かい始める。今から間に合うかどうかも分からないが、何もしないよりはましだ。
「……役立たず、か」
アカサはそっと口を開く。
「それってさ……“私”のことを言うんだろうな」
それは、間抜けな姿を晒しているゴリアテへと向けられたものではない。
皆が頑張っているのに。ただ逃げるだけと追いかけるだけを繰り返す。そんな自身の姿にアカサは呆れていたのだ。思わず苦笑いするほどに。
「何か、出来る事……」
必死に頭を回す。悪ふざけにしか使わない頭を。
そういう事には回る頭だ。馬鹿ではないはず。何か方法を探れないかとアカサは走りながらに考えた。
(“歌”)
そこで、アカサは思い出す。
___あの箱舟は、歌で動いてきた。そして、人間を護り続けてきた
「……!!」
アークの言い伝え。
一番の動力源は人間の”救いを求める声”。その中でも、歌が一番の効力であったとされている。その歌が響く限り、アークロードは人を守り続けたとされている。
この街、ディージー・タウンで歌が響き続ける理由もその言い伝えが由来だ。一種の文化は数千年前の歴史と繋がっている。魔族との戦争とやらが終わっても、この街では歌がやむことはなかった。
それが、平和の象徴であり、証だった。
地獄のような風景を二度と訪れさせない。その願いを込めた文化だった。
「……もしかしたら」
アカサは立ち止まり、一呼吸する。
アカサの魔衝は、自身の声を肥大化させるというもの。この街一帯に響くほどに上げることも可能で、その大音量は一種の音波攻撃としても利用できる。
その能力を駆使すれば、歌はアークに届く。言い伝え通りの遺産であるのなら、もしかしたら___
「……っ」
だが、歌おうとした途端。アカサは喉を詰まらせる。
言ったはずだ。その声は一種の“音波攻撃”にもなる。
「くっ……うううっ……!」
何より、彼女には……“トラウマ”がある。
殺意でその声を使った。その声で人間を苦しめた。誰かを救うためとはいえ、大好きだった歌とその声で、数人を死に追いやりかけたのだ。
あの風景は今でも焼き付いている。恐怖した人間がいたことも覚えている。それ以来、アカサは人前では歌えなくなった。楽器に頼り、ただリズムだけを奏でるワンマンのミュージシャンとなった。
恐怖が蘇る。それがまた、歌わせることを拒否させる。
「……歌えっ」
トラウマが脳裏を支配する。体を抑え込む。
「じゃなかったら……もっと“地獄”でしょうが……!!」
そうだ、ここで歌わなければ、失う。
大切な街を。大切な友達を。何もしなければ、何も起きぬまま滅びを待つのみ。
それだけは御免だ。
何もしないまま終わるなんて……アカサにとって、それほどの生き地獄はない。
“賭ける”のだ。
たった一つの可能性。人々が残した希望を、信じるために。
____歌うのだ。
___この街で言い伝えられてきた、希望の詩を。
(出ろ……!)
立ち止まったアカサは歌う。
まだぎこちない。恐怖を完全には振り切っていない。
だが、たとえ情けない歌声だったとしても___
(これが私の……“魔法”なんだっ!!)
アカサ・スカーレッダは数年越しに沢山の人前で、その歌声を披露した。
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