77時限目「希望の箱舟【絶望のアーク】(後編)」
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「うぅっ……んっ……!?」
一瞬、景色が暗くなったと思いきや、世界が反転する。
“外”だ。
今、クロードがいるのはディージー・タウンの民家の屋根の上。何が起きたのかも分からぬままクロードは混乱している。
「クロード! 無事か!?」
反対。その対面の民家の屋根の上からカルーアの声が聞こえる。
「な、なにが起きたんですか!?」
状況を。今、ここで何が起きたのかをカルーアへと問う。
「分からない。でも、俺の予想では、おそらく」
あの一瞬、何をされたのかは理解できなかった。だが、今いる場所、そして二人が無事なこと。それを踏まえた上での答えはまず一つ。
「“船から追い出されたんだろう”」
アークロードの外に放り出された。それ以外考えられない。
「ううっ……、あれっ、ここは?」
現に、カルーアのすぐ真横には、同じく状況を理解できず佇んだままのエズ・モールジョーカーがいる。頭を掻きまわし、軽いパニックに追いやられているようだ。
「あ……兄貴っ!?」
エズだけじゃない。
直ぐ近くに倒れていたのはカルーアが気絶させたキングの姿。気を失ったまま、外へ放り出されたようである。
「外に放り出されたって……ワープさせられた、ってことですか!?」
クロードは対面から、向こう側にいるカルーアに再度問う。
「それって、ドリア・ドライアの魔法……?」
「いや、違うと思う。こんな便利な力があるなら、最初から使っているはずだ」
ワープ能力。これがドリア固有の魔法であるのなら、アークへの移動に使っているはずである。
「……おそらく、これは」
仮に、この転移が彼の能力ではないのだとしたら。
クロードも又、カルーアと同じ結論が頭に浮かんでいる。街へと放り出される前、一瞬だけ見えた“景色”。揺れる世界。
自然と、クロード達の視線は別の方向へと向けられる。
“アークのある方向”。彼らが目指していた、その場所を。
『ハーハッハッハッハッ!!』
声が、聞こえる。
聞くだけでも虫唾が奔る、下衆に落ち切った狂気の笑い声が。
“宙を浮く、アーク”と共に。
「クロード君! カルーアさんも御無事で!」
屋根上で佇んでいる彼らの元にやってくるのは、ブルーナを背負ったジーンだ。
「クロード! 大丈夫か!?」
「何がっ、どうなってんの……!?」
そして公園で待機していたイエロと、まだ覚束ない足で駆け寄ってくるアカサ。
「……何が起こってやがるんだ」
ジーンと合流し、後からついてきていたソルダとマティーニ。援軍に駆け付けたゴォー・リャンとノアールの一同。ソルダとゴォー・リャンの背中には、交戦したサジャックとクインザの姿もある。
全員が、屋根の下に集う。
そして見上げる。遺跡として保管され、街の象徴として観光名所にもされている箱舟アーク。数千年前の遺産として、この大地に飾られていたはずの最終兵器が。
今、ドリアの笑い声と共に街外れの上空に浮いている。
『どいつもこいつも俺を馬鹿にして……俺を誰だと思ってやがる!!』
箱舟から聞こえる大音量。やまびこのようにエコーが駆けられた声。
それを含め、先ほどのワープ機能。この目の前の風景を見るに思い当たった結論はただ一つ。
その全ては“アークに搭載された機能”なのだろう。
アークは動かせないわけではない。少し手を加えれば動かすことは出来る。だが、戦争が終わった今、動かす理由もない。
今の時代を生きる人達を変に怯えさせないためにこうして動かすこともなく、その姿を可能な限り保持したまま保管されている。動かせば国家も絡むほどの大罰が与えられる。
だが“アークは動いている”。
最早罪の意識も何もない。正気を失ったドリアの手によって。
『俺を馬鹿にして奴は皆殺しだ……全員、ここで潰してヤルゥウウッ!!』
対魔族戦の兵器、ともなれば。武器の一つや二つ、搭載されている。
アークの周りに無数の魔方陣が展開される。魔族を焼き払うために使われていた箱舟の魔術兵器達。今、それが“心のない人によって、牙をむこうとしている”。
『ゲヒャッ! げひゃひゃひゃあぁあああッ!!』
飛んでくる。最初の一発が。
“隕石にも似た巨大な火炎弾。人一人平気で飲み込む炎が、住民区を叩き潰す”。
『消えろッ、死ね、! 死ね死ね死ね死ねぇえっえええっ!!』
また、放たれようとしている。
最初の一発。それに続いて、次の攻撃が順番に畳み込んでくる。
今度は威嚇射撃でも何でもない。まずは、このドリア・ドライアの怒りの矛先。
“数発の火炎弾”が、クロード達の元に目掛けて飛んでくる。
「させんッ!!」
ジーンは片手から光を放つ。
ほんの一瞬。高速の詠唱。巨大な一筋の光線は、飛んできた火炎弾を飲み込んだ。
それだけじゃない。一筋の光はそのままアーク目掛けて飛んでいく。学園最強の魔法使いはアークを沈黙させるため、魔力をフルに発揮する。
相変わらずの威力だ。その場にいた全員がそう思った。
巨大な光の矢は、街へ徐々に迫りくるアークへと向けて飛んでいく。そして、最悪の人間の手によって兵器と化してしまった箱舟を墜落……
『ぎゃはぅ、ぎゃはひゃひゃーーーッ!!』
___させることはない。
「なにっ!?」
『馬鹿めがッ! 魔法なんかで、コイツが落とせるかァアアッゥ!!』
アークには結界が張られていた。あらゆる魔法から、人類を救う光によって。
ジーンの放った光の矢は無残にも破壊されてしまう。虚しく塵となる光、それをかき消すように、次々と魔方陣が展開される。
まだ、完全な機能を果たしていないために攻撃のテンポが遅いが、これが本調子になったとすれば……ディージー・タウンはあっという間に“塵も残らず消え去ってしまう”。
「各隊に告げる!! 全員! アークの攻撃を撃退しろ! アレは今、人類の希望の象徴なんかじゃない……“ただの兵器”だッ!!」
アーズレーターを使い、カルーアは“遠距離魔法”を使えるエージェント達に告げる。次の攻撃が飛んでくる前に、各自自衛行動及び、街の護衛に回るようにと、迅速な指示を。
「ジーン、降ろしてくれ……」
ブルーナはジーンにそう告げると、フラつきながらも地に足を着ける。移動中軽い仮眠を取り、たった今、目を覚ましたようだ。
「手が足りない……私も加勢する」
「しかし!」
無理をしようとするブルーナを当然、ジーンは止めようとする。ウイルスの治療はまだ終わっていない。ここで変に動けば、体に負担がかかる。
「俺も手伝うぜ! さっきなにも出来なかったからなぁああッ!!」
ソルダも近くのエージェント達に交わり、得意の爆破魔術を隕石に向けて放とうとする。不幸中の幸い、だなんて不謹慎な事を考えてしまうべきか。ソルダは温存した魔力を街の護衛へ使う。
「や、やめろよ……俺達まで、殺す気かよ、アイツ……!」
ただ一人、怯えるエズ。
「皆、箱舟にいないじゃんか……俺達、助からないじゃん……!!」
この様子、どうやらエズは騙されていたようである。
“皆、箱舟の中にいる。だから、皆、爆破で死ぬことはない”だなんて呟かれたのだろう。そんなこと思いもせず、最終援軍に答えたエズはその場で崩れ落ちる。
希望の舟。それが、一瞬にして“絶望”へと変わる。
「……っ!!」
クロードは、その風景に思わず震えあがった。
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