73時限目「陰謀打破【マジシャンズ・ホープ】(前編)」


 不機嫌そうに笑うサジャック。

 その理由は、とことん邪魔を続ける“クソガキ”の存在。何を言っても言うとおりにしようとしない“クソガキ”の存在。そして___


(まずい、な……)


 “実力のあるクソガキ”が現れた事。それが一番の理由。


 ただ一人、一騎打ちなら幾らでも手の打ちようがある。しかし、相手は四人がかり。一部は非戦闘員に成り下がっているとはいえ四人だ。


 エージェントの潤滑油ともなりかねない存在が数名もいる。今、状況はハッキリいって良い方向に転がっているとは思えない。むしろ不利。その状況に彼は不満を感じているのだ。


(このまま戦えば、てこずるのは間違いないな)


 舌打ちを繰り返す。こうして遠くからウイルス弾を放ち続ける戦い方を見てわかる通り、サジャックの戦闘スタイルはコッテコテの遠距離型だ。


 一瞬で近距離にまで近づいてくるスピードを持った敵が二人。面倒じゃないわけがない。


(……だが、俺の勝利条件は単純なモノだ)

 しかし、サジャックは焦らない。

(“街が崩壊すれば俺達の勝ち”。その周辺もまとめて吹き飛ぶんだ。だから、時間を稼げればそれでいいだろうってね……!!)

 無理に戦う必要もない。ちょっかい、逃げ惑うを繰り返して時間を稼げればそれでいいのだ。


 焦る必要はない。時間を稼ぐか、相手の戦陣を乱すか。それだけの単純な話だ。

 何より、人を馬鹿にすることは……このサジャック・モールジョーカーに関しては簡単でお安い御用なのである。


 身内も不愉快にさせる多弁。その口先を、サジャックは尖らせる。


「まぁ、いいさ。一人増えたところでコッチには他にも手が、」

「キィエエエエエーーーッ!!」

 だが、それよりも先に___

 “挑発をされるよりも先に”。まるで獣のような咆哮を上げながら、カギツメを構えて突っ込んでくる輩が一人。ゴォー・リャンだ。


「おおいいいーーーーッ!?」

 サジャックは思わず、木の幹から離れてしまう。折角確保した高台の権利も一瞬で奪われてしまう。


「こっちの話を聞いていたのか!? 他にも手があるって言っただろ!? もう少し、慎重になるなり、人の話を聞くなりするべきじゃなくってッ!?」

 何かを聞くよりも先に向こうは動いた。だからその言い分は届くことはないと思う。


 しかし、話を聞いていないにしても、こんなにも慎重さに欠けた行動を起こすことがあるだろうか。


 ゴォー・リャンは数分前までのサジャックとの追いかけっこと反撃で疲労している。これ以上のダメージは避けるべきなのだ。


だというのにこの男は何も考えずに突っ込んでくる。あまりの無鉄砲ぶりに思わずサジャックは叫び出す。


「ヒャハハハハッ! まだ何か手があるだって!? そいつは面白ェッーーー!!」

 大笑いしながら、サジャックの問いに答える。

「どんどん来いよ! 勝負が長引くのは嬉しい限りだぜーーーッ!!」

「……」

 そこでようやく、サジャックは気づく。



 ___この男はだめだ。


 戦闘狂。完全に頭のネジが外れ切った戦闘狂。頭こそ回るが、体内の欲望にしか従わないタダの戦闘馬鹿。


 言ってしまえば本物の阿保。獣と変わらない。

 話なんて通じる部類の人間じゃない。もう、彼の理性はそこまで暴走してしまっていたのだ。


「……処理するのです」

「ちぃいいーーーッ!?」


 別の方向からは、エージェント・ノアールの奇襲。そちらの攻撃は何が何でも回避しなくてはならない。


 クロード・クロナードの兄であり、あのカーラー・クロナードの孫弟子であったという少女だ、ほぼ確実に致命傷を狙ってくる。絶対に避けなくてはならない。


「ヒャッハーーーッ!」

 だが、そうなれば許してしまうことになる。

 “ただの戦闘狂の欲望のままの攻撃”を一発。


「ぐっひっぃ……!」

 一撃。サジャックの胸元を掠る。

「チィッ! クソガキがァッ!!」

 一撃を浴びたサジャックは一度、木の葉まみれの地面に着地する。被弾したが故に不安定な姿勢のままで。


「調子に乗って……、」

 反撃をする。彼が再び有利になる高台を確保するためにジャンプをしようとした瞬間だった。


(……!?)

 違和感が、サジャックを襲う。

(なんだ……足がッ!?)

 体の自由が利かない。ジャンプをしたくても、足が動かない。



 “何かが足に絡みついている”。



「ッ!!」

 足元を確認する。


 “肌色の触手のようなもの”。

 植物のツタにしては体温がある。妙な生温さ、冷や汗のような液体が絡みついて気持ちが悪い。


妙に質感がリアルな触手が絡みついていることに気づき、サジャックはその触手の正体を探るべく、視線を先へと向ける。



「へへっ……!」


 “腕”。

 まるでゴムのように伸ばされた“マティーニの腕”。


「ようやく隙を見せたな……!」


 してやったりのマティーニの表情。

 不意打ち成功。ここまで愉快に思える表情もそうは浮かべられない。いたずらっ子全開の笑みを浮かべたマティーニは満足そうにサジャックを見つめている。



「___なんだよ、そりゃ」

 一瞬だけ奪われた自由。しかし、十分すぎる“稼がれた時間”の中。サジャックは苦笑いを浮かべる。


「これでッ……!」

 その時間の中で、受けるのだ。

「俺の勝ちだァアア!!」

 サジャックは……その肉体に、致命傷を。



「ガァアアッ……かっ。ハハッ……!!」


 腕に纏われた風の刃。そして、痺れ薬を纏ったカギツメ。

 交差する二つの腕の刃を体に受け……サジャックは両手を広げ、木の葉塗れの青臭い地面に倒れ込む。



「___“そんな、単純でくだらない魔法だったわけね”」


 最後まで分からなかった“マティーニの固有魔法”。

 そのあまりにもくだらない。文字通り“奥の手”であったその能力に、サジャックは不愉快で怒りを露わにするどころか、むしろ呆れて笑ってしまっていた。

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