65時限目「業夏【クロード事変《跋》】(中編)」


 ロシェロの体はフラついていた。

 頭から血を流し、力なくゴリアテの元で背もたれ、姿勢を低くする。



「……寸前で交わしたか」


 だが、その頭に“斧は刺さっていない”。



「聞いたことのない声、だったからな……だが、少しばかり、遅すぎたぞ」


 しかし、完全に回避することは叶わなかった。

 ブーメランのように回転しながら放り投げられた斧はロシェロの首を捕らえていた。しかし、ロシェロは聞き覚えのない声に警戒し、攻撃の気配にも気づいて、回避しようとする。


 だが、回避するには反応が遅く、頭に斧が刺さることを回避こそしたが、その刃は頭をかすめていた。


 脳にまで届きはしなかったが、頭から血は溢れている。開いた傷口を片手で抑え、徐々に見映えが良くなっていく視界は、その声の主の姿を映していく。


 スーツ姿の正装。口元はマスクで覆われている。

 

「……何処の組織のモノかね」

「言うと思うかい?」


 何者なのか語るはずもない。

 顔面の半分を隠している人物だ。正体を明かすとも思えない。


「私に何の用だ」

「それも言うと思うかい。尤も」

 マスクの何者かは、鼻で笑いながら片手を添える。

「“気づいているくせに”」

 この人物がロシェロへ何をしに来たのか。向こうに正体を感づかれる前、行動で既にロシェロは察していた。


 “命を狙っている”。

 

「そこまで、ウッカリさんではないだろう?」


 そして、まただ。

 また、手には持っていなかったはず。どこかから取り出すような動作も取った覚えもないのに___


 マスクの腕には“斧”がある。

 一瞬の油断、意識がフラついて隙を見せていたロシェロに、容赦なくマスクの何者かは斧を顔面目掛けて振り下ろした。


「ああ、そうだとも!」


 相手が敵だとわかれば、もう容赦することはない。ロシェロはそう思う。


「おっと……ッ!」


 負傷こそしているが、攻撃が出来ないほどに追い詰められているわけではない。十時間以上の睡眠をとったからこそ、体の元気も魔力も十分だ。


 男が斧を振り下ろす手前、ロシェロはカウンターと言わんばかりに、体全体に電流を纏う。触れれば感電のショックで気を失う。それに感づいたマスクの男も慌てて、その場から離れた。


「何処の用心棒か、殺し屋かもしれないが……お前の目的は恐らく」

 妙な自信。ロシェロは断言する。

「この後ろの巨人だな」

 上半身だけの巨兵・ゴリアテが目当てであるとロシェロは放った。

 

「……渡さないぞ。ゴリアテだけは、絶対に渡さん」


 どちらかと言えば、この巨兵に対する執念だけが、ロシェロの判断を“決定づけて”いるのかもしれない。

 最早、決めつけの範囲だった。巨兵に対する執念のみ。その人生の全てを捧げてきた研究対象を絶対に奪われてたまるかと、ロシェロは敵意をむき出しにしている。


「話通りだなぁ。凄い執念だと思うよ、僕はね」


 殺し屋なのか、用心棒なのか。

 だが、この人物は“ロシェロを始末しに来たこと”も。同時に“ゴリアテを奪いに来た”という事にも否定の意を見せなかった。


ただ一言、ロシェロの“巨兵に対する執念”に対して、一種の敬意を示すだけだった。


「学園でも屈指の天才。魔法使いとしてもかなりの実力を持ち、将来は有望だと言われてるけど……こっちも仕事なんでね。恨まないで欲しいと思うよ。僕は」


 マスクの何者かは両手の拳を閉じ、そっと溜息を吐く。



 “すると、どうだろうか”

 “そこにはなかったはずの【斧】が両手に、突然現れたのだ”。


「それが君の魔衝かね」


 あまりにも独特な固有能力。おそらく、魔導書によって発動される魔法の一種・魔術なんかではない。

 魔導書を必要としない、独自の発動方法と魔力のみで発動される、固有の魔法……魔衝であることをロシェロは断言する。


 どのようなギミックを使って、斧を出現させているかまでは分からない。だが、相手はほぼ半永久的に武器を用意できると考えるべきだろう。


「武器を生成する能力か。君の魔力が尽きない限りは攻撃手段に困らないというべきか」

 斧、ナイフ、刀、そして遠距離攻撃の拳銃。

 ありとあらゆる武器を生成できると考えると、発動条件こそ分からないが、その能力の有能さを痛感する。


「だがな、殺し屋君」

 しかし、ロシェロは体から電流を放ったまま、胸を張ってマスクと向き合っている。

「いくら武器を用意したところで……残念だが“君の攻撃は届かないよ”。ましてや」

 ロシェロは今、その体に“電磁バリア”を張っている。

 魔法による攻撃は分解能力により遮断することは当然の事、魔法によってつくられた別の物質であろうと“高圧電流とその熱で溶解する”。


 マスクの殺し屋の攻撃は一切届かない。


「私のテリトリーに入っているのだ。生きては返さんぞ」


 それどころか、このガレージの中はロシェロのハウスである。

 今から逃げ出そうにも……既に“このガレージハウス全体に展開された電流”からは逃れることは出来ない。


「とっ捕まえて、正体を洗いざらい吐かせてやる」


 これでもし、このマスク姿の殺し屋の正体が……ロシェロの想像する“評議会からの刺客”やらなにやらだったのなら、憎き評議会の闇を公表できる良い材料になる。


「やれやれ。嬉しい限りだ。向こうから失態を晒してくれるとはな」


 良い事尽くしだ。向こうから有利材料を放ってくれたのだ。

 ロシェロは思った。早起きは三文の得だと。起きた時間は昼なうえに、十時間以上も眠っていることを考えて、それが早起きなのかどうかのツッコミは別として。



「……それはどうかな」

 詰んでいる。状況だけ見れば、それは馬鹿でも分かる。

 しかし、その殺し屋は特に慌てる素振りもなく、斧を手に持ったまま微動だにしない。命乞いは勿論、その場から逃げようとする姿勢すら見せない。


「強がりを言うのはやめたまえ。時にはプライドを捨てることも大事だぞ。ここには誰もいない、私一人に恥を晒す程度で済、」


 挑発。言いたい放題言ってやろうとロシェロが身構えた。



「……む、っ___!?」


 だが、どうだ。先に余裕の表情を崩したのは___






 “ロシェロの方だった”。



「なっ……なん、だっ……?」

 頭を抱え、再び姿勢が崩れ始める。

「体、がっ……魔力、を、回せ、なっ……」

 ガレージハウス全体に回したはずの電流が徐々に解けていく。

 彼女の周りに展開されていた電磁バリアもだ。完璧な攻めと守りの結界を張っていたロシェロは、何故かそれを解除してしまう。




「“毒が効いてきた”と思うな」


 マスク姿の男は笑いながら、衰弱していくロシェロを見下ろしている。


「毒、だと、」

「ああ、そうだ」

 ボヤけていく視界。蜃気楼のように歪む殺し屋の姿を見ながら、ロシェロは煤けていく頭を抱えながら問う。


「“魔法使いにとっては最悪の毒”さ。今の斧に仕掛けておいたんだよ……完全に回れば、君は意識と魔法を封じられる」


 時間をかければ、その毒は体全体に回り、自由を奪う。殺し屋は笑いながら彼女の問いに答えた。


「……馬鹿、な、」

「それじゃ、最後に君の問いに答えてあげると思うよ」


 両手の斧の刃を、数メートル先にいるロシェロへと向ける。



「僕の名前は“エズ”。殺し屋組織の一員だよ。評議会所属の人間、とは違うかな」

 ニヤりと笑い、一つ否定を述べる。



「まぁ、でも今は」

 斧が、手放される。

「“評議会のお偉いお坊ちゃまに雇われてる”って言ったところだけどね」

 ブーメランのように回転する二つの斧。

 無防備。バリアも張れなくなったロシェロの元に、殺戮の刃が届こうとしていた。






 ___はずだった。



「むっ?」

 斧が避けられたわけじゃない。斧の狙いが逸れたわけじゃない。

 斧は確実に、身動きがとりづらくなったロシェロ目掛けて飛んで行ったのは間違いない。



 しかし、その斧は……

 “何かに弾かれ、金属板の床に落とされてしまう”。




「……あれれ、おかしいなぁ~?」


 エズは頬を掻きながら、ロシェロを見る。




 ____そこにいたのは、同じく斧を持った二体の“人形兵”。


 そして……人影。

 ゴリアテの姿から、ひっそりと姿を現していた、人形兵の主。




「誰だよ、君は」

「名乗る必要ある?」



 “モカニ・フランネル”の姿がそこにあった。

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