65時限目「業夏【クロード事変《跋》】(後編)」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あらあら」
飛び交う弾丸の雨霰をクインザは回避する。
「怖い怖い」
いつも通り何事もなく、無表情で銃弾を撃ち続けるブルーナをあざ笑う。
「……」
どれだけ笑われようが、ブルーナは姿勢を崩すことはない。
放つ。何度も放つ。
本来ならば……“魔物に放つべき麻酔弾”を何度も放つ。人間相手には威力の高すぎる、強力な麻酔弾を。
「そんなにヤケになってドンパチ撃っちゃって。必死ったらありゃしないわ。まぁ、仕方ないわよね、お嬢ちゃんは本来、思考も何もないケダモノを狩る事が専門なのだから」
一方的に回避し続けられる弾丸。意思を持った生き物相手には弱者でしかないと誤解されても仕方のない言い方。いや、クインザはわざとその言い方を選んだのだろう。
「……そんな一族の貴方が、人間を撃っちゃっていいのかしらぁ?」
魔物を狩る事。それは、“人間を護るため”である。
しかし、ブルーナは何の躊躇いもなく、その護るべき人間を撃ち続けている。一族として、そのようなタブーを侵してしまっている彼女に、それでよいのかと尋ねる。
「殺しはしない」
猟銃に込められているのは、先述した通り麻酔弾だ。
人間相手には威力が高いだろうが死には至らない。眠らせるだけだ。
「……それに、」
弾丸を込める。人間を撃つことに何の躊躇いも見せない理由。いつもと変わらぬ表情の中、ブルーナは自然と眉間に皺をよせ、歯を鳴らす。
「“タブーを侵した”のも、“私をここまで怒らせた”のもお前だ」
この女は、ブルーナの逆鱗を二回も逆撫でした。
最愛の友人であるジーンを意識不明の昏睡状態に陥れただけに至らず、可愛い後輩であるアカサも。そして、クロードとその友にまで、文字通り毒牙にかけようとした。
「すまないが、今は正常な判断が出来るほど冷静じゃない……!!」
ブルーナは今、怒りに奮えている。
表情こそ変えていないが、その内には激情を孕んでいた。
「……どうなっても、知らないわよ~?」
回避ばかり、だなんて、そんな生易しいことを“殺し屋同盟所属のボディガード”が選ぶはずもない。
向こうが攻撃を仕掛けてきているのなら、それは立派な正当防衛。クインザは手のひらから“紫色の弾丸”を生成し、ブルーナへと放つ。
麻酔弾と毒の弾。
互いに空中でぶつかり合い、あたりに体毒を撒き散らしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「「ひぃいいいいーーーーッ!?」」
一方その頃。森林で全力疾走を続けるのはマティーニとソルダだ。
その後ろからは、契約書を取り返すと同時に、取引現場を目撃してしまった市長関係者の抹殺を図るべく送り込まれた刺客のサジャック。クインザと同様の毒の弾を何発も放ち続ける、背中を逃げてマヌケに逃げ続ける二人組に。
「ぎゃひゃひゃひゃ!!」
空から。大木の幹を介して、サルのように飛び回りながら。真上からの襲撃で二人を追いこんでいく。
「逃げろ! とにかく逃げろ!! この先、走れなくなっても!!」
ものの見事な徒競走スタイルでソルダは逃げ惑う。セットした髪も汗でべとべと、向かい風で乱暴に靡いてしまっている。
「ソルダ君! 君は爆炎のソルダとか言われてテンヤワンヤなんだろう!? 何、逃げ惑っているのかね!?」
契約書片手に逃げるマティーニも人の事は言えないが、逃げる前に堂々と勝負を宣告していたソルダにその行動は許されるのかと、泣きながら答えを待つ。
「バッキャロウ! 今日は調子が悪いんだよ! 朝食べた、ハムエッグのハムが痛んでいたみたいでさ!!」
「君、さっきまでピンピンしていただろうがッ!?」
腹を痛める素振りも一切見せない。口だけの仮病で誤魔化すなとマティーニは泣き喚きながら言い散らした。
「ハッハッハ! これが、学園の暴れん坊と市長の息子だなんて、笑いすぎて腹が爆発しそうだ!!」
当然、そんなマヌケな二人の姿を見ていたら、陽気な殺し屋であるサジャックも笑って当然。二人は言い返す余裕もないが、そもそも言い返す資格があるのかもわからない。
逃げ足に自信はあるにしても、ソルダはともかく問題はマティーニだ。どれだけスタミナが持つかも分からない。
よくてあと数分。いや、サジャックとやらの殺しの腕次第では……秒ももたないかもしれない。かれこれ、逃げ始めてから十分近くが経過している。
「それじゃ……鬼ごっこを終わりにさせようかねぇっ!!」
サジャックの左腕に紫色のエネルギーが集結する。
クインザと同様の魔衝。市長とジーン、そしてアカサを意識不明に追いやった、あのウイルス弾である。
「「ぎゃぁああああああッ!?」」
攻撃の気配を感じた二人は振り返る。
もうダメだ。今にもそう叫びそうな表情で、悲鳴を鳴らした。
「……ッ!!」
しかし、途端。
サジャックはエネルギー弾の狙いを“変えた”。
「おらよぉッ!!」
二人に気を取られていたからこそ、寸前になるまで気づくことが出来なかった……“突然の奇襲”に、サジャックは意識を向けたのだ。
「ちぃいーーーッ!?」
ウイルス弾は、第三者へと向けられる。
「おっと!?」
第三者はそれを回避した。
そのまま、その第三の介入者は……“両手につけたカギ爪”を死神の鎌の如く、大振りに振り下ろす。
「このガキィッ! 生意気ッ!!」
サジャックは回避する。
しかし、それを回避することでサジャックの姿勢は崩れ、そのまま真下へと叩き落されてしまう。
「いってぇえ……」
不時着。サジャックはスーツ姿を汚してしまう。
着地にも失敗し、その場で二人以上の間抜けな姿を晒してしまう。コメディアンのビックリな大転倒だ。
「……やった! おびき寄せ作戦見事に成功だ!」
マティーニは、契約書を握りしめながらガッツポーズをする。
「ちょいと汚い手段だが、おあいこだからなッ!」
ソルダもまた、マティーニと同様に“作戦”が上手くいったことに雄たけびを上げていた。
「やれやれ、急に呼び出されたかと思ったよぉ……」
第三の介入者も、頭を掻きまわしながら二人の元へ戻ってくる。
「まぁ、いいけどナァ。戦いの匂いが、これでもかってプンプンするぜ……!」
戦闘狂“ゴォー・リャン”。
ソルダとマティーニに続く学園の問題児。今、嫌な意味で学園の有名人男子トリオが、このジャングルに集結したわけである。
「……いいぜ、クソガキ共」
ついた尻餅。スーツについた砂ぼこりを掃いながら、サジャックは立ち上がる。
「お兄さんが遊んでやるよ……!」
少し、この悪戯坊主たちの作戦に引っかかったことが癇に障ったのか。
サジャックは多少苛立ちながら、三人組を睨んでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ロシェロのガレージハウスに突如現れたモカニ。
人形はロシェロを護り、本人も又、負傷したロシェロの前に立つ。
「……おかしいなぁ?」
殺し屋・エズは首をかしげながら、モカニを見る。
「君はどちらかというと、“評議会”側じゃなかったの~?」
クロードに関連のある人物は程度調べていたのかもわからない。
モカニ。彼女はロシェロの計画を遅延させ、その研究を評議会側に行わせる形をとるために、ロシェロの研究の妨害を続けていた。
ロシェロを悪魔の研究者の道へ向かわせないために、道を違えた女。
そんな彼女が今、再びロシェロと肩を並べようとしている。
「……信じてた。信じてたんだ。ああ、少しでも、お前達のような連中に頼った、」
モカニは杖を握りながら、その体は震える。
「私が大馬鹿だった……ッ!!」
そうだ、モカニがロシェロの妨害を続けていたのも。ゴリアテの研究を中止させるために評議会を利用したのも。
全ては、友である彼女を護るためだ。
友をこの殺し屋は手にかけようとしている。そうともなれば、話は別だ。モカニはロシェロを護るため、自らが盾となる。
「“こっちの敵に回る”ってことでいいんだね?」
エズは片手に斧を出し、モカニに問う。
「当然。もとい、“お前達を頼りはしたが、味方になった覚えもない”」
完全な敵意をエズへと向ける。
「友達に、ロシェロに傷をつけてみろ……容赦はしない……ッ!!」
攻撃態勢。次々と人形兵が現れる。
目の前の標的との戦闘を開始する。その姿勢を見せた。
「モカニ……」
ロシェロは、救助に入ったモカニを見上げていた。
「どちらにしろ、」
エズはアーズレーターを取り出す。
「“君達は終わり”だ」
可愛そうな目で。
まるで……“豚”でも見るよう目で、気の毒とは微塵も思っていない哀れな目を向ける。
アーズレーターが鳴る。
モカニだけじゃない。ロシェロもだ。
そして、それを取り出したエズからも。
「「……?」」
二人は一緒に、アーズレーターを取り出した。
この場にいる全員に対し、一斉にアーズレーターの通話の呼び出し。しかもそれは、緊急の警告音もセット。ただならぬ気配に、そっとアーズレーターの通話を開く。
『ええ、皆さまにお伝えすることがございます』
通話を開くと、展開されたモニターに表示される“ドリアの姿”。
『誠に残念ではございますが、』
そうは言いながらも、唇を歪め笑いながら。
『“この街を撤去することを、ここに決定いたしました”』
街の“撤廃”を、宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます