65時限目「業夏【クロード事変《跋》】(前編)」


 ソルダとマティーニの介入。

 マティーニの手には、この街の自由を奪う契約書があった。


 市長の息子として、これ以上の暴虐は許さない。頑固とした意思が、ドリアへと向けられていた。



「ソルダ、さん。マティーニ、」

「クロード! 街まで走れッ!!」


 ソルダは声を荒げ、クロードに告げる。


「アカサを連れて走れッ!!」


 体の中に放り込まれたウイルス。それは一時間足らずで彼女の肉体を完全に破壊する。今から街の病院を目指したところで……治す手段が医者にはない。

 ただの悪足掻きにすらならないはず。それを知っているであろうソルダの叫びは虚しいものではないかと、心の何処かでクロードは思ってしまう。




「……“まだ助けられる”!!」

 

 しかし、ソルダは言い切る。


「“それを治す手段がある”!!」


 アカサの体を、治すための方法がある。


「だから走れッ!! 急ぐんだッ!!」


 ……真っすぐだ。ただのハッタリでも何でもない。

 ソルダは嘘をつくのがヘタクソだ。だから、嘘をついている時は顔を見ればわかる。しかし、ソルダの顔は“嘘をつくときの顔”ではなかった。


「大丈夫だ! 俺は学園でも有名な魔法使い、爆炎のソルダ様なんだぜ? これくらいの敵なんて、全部まとめて塵にしてやるぜ!!」


 強がっているのか。今ばかりはそういう表情を見せてはならない。その一心で表情を歪ませないようにしているのか、分からない。



「……ッ!!」

 クロードは、アカサを背負い走り始める。

 ここに残ったところで、負傷したアカサを置いて何かが出来るわけではない。そして、クロードは表では諦めの表情を見せてはいても、やはり、心の何処かでは願っていた。


 “助けられるのなら、助けたい”。

 その可能性はきっとゼロに近い。ここから病院にまで走ったところで間に合わない。そうだとわかっていても、クロードはアカサを背負って走り始める。


「直ぐに助けを呼んでくるからなッ!!」


 イエロもクロードと共に街へ走る。

 本当かどうかも分からない、ソルダの言葉を信じて。



「逃がすわけないでしょ、坊や達……!」

 

 わざわざ、逃がすはずもない。 


 クインザは紫色に染まった左腕を構え、逃げようとするクロード達を背中から襲おうとする。仕事のメインターゲットである、ドリアの“遊び道具”の破壊にかかろうとする。


「“行かせるわけがない”」


 だが、わざわざ許すはずもない。

 クインザの一方的な虐殺を……“見過ごすはずがない”。


「ッ!!」


 クインザは途端に距離を取る。

 紫色に染まった左腕を引っ込め、何度もあたりを跳ねまわる。


 “回避行動”だ。

 次々と飛んでくる“高速の何か”を回避している。その数合計12発ほど。クインザは見てもいない方向からの“援護射撃”を全て避けてみせた。


 全ての攻撃を介した後に、そっと振り返る。



「……そういうことだ」


 猟銃をクインザに向ける“ブルーナ”の姿。

 評議会の陰謀を止める為、ピンチに追いやられているアカサ達を助ける為。ブルーナは先輩として華麗に姿を現した。


「クロナードは行ったようだな」


 ジャングルの中、一心不乱に逃げて行ったクロード達の背中は見えなくなっていた。


「さてと、俺達も始めるか」 

 ソルダは拳を鳴らし始め、マティーニに語り掛ける。

「ああ、そうだ……この契約書さえなければ、向こうは街をどうこう出来ないさ。これさえ取り戻せたのなら、あとはやることは一つ」

 向こうから街の自由を剥奪した。

 目の前には敵がいる。契約書を取り返そうと戦闘態勢に入ろうとする敵がいる。となれば、この二人がやるべきことは……“一つ”だ。





「「逃げろォオオオオオッーーーー!!!」」


 “契約書をもって全力疾走”。

 相手は評議会に雇われた凄腕の魔法使いたちである。学生身分でしかない二人が勝てるはずもない。契約書さえ取り返したのなら、あとは、その契約書を奪われないように動けばいいだけの事。


 となれば、逃げるだけだ。

 二人とも逃げ足には自信があった。ソルダは普段、街で暴動やらなにやら起こした際に何度も大人から追い掛け回されているために足に自信がある。


 マティーニに関しても、その見た目の割には想像も出来ない速足でダッシュしている。クロード達とは比にもならないスピードで、その場から逃げて行ったではないか。



「サジャック、あの二人を追え」

「はいな、っと」


 サジャックは笑みを浮かべ、同じくジャングルへと逃げて行ったマティーニ達の後を追いかけた。



「ドリアお坊ちゃん。となれば、私めは」

 残った一人。最後の一人であるボディガードがドリアへ問う。

「逃げて行った、クロード・クロナードたちの捕縛へ向かうべきでしょうか」

 最後の一人はクロード達を追いかけるかどうか、提案する。

 クインザはブルーナに足止めされている。サジャックも“現場を見てしまったあの二人”から証拠を隠滅するために殺戮へ向かっている。


 メインターゲットであるクロード達の始末。そちらへ回るべきだろう。


「馬鹿か、お前は」

 しかし、ドリアは否定する。

「……お前まで動いたら、誰が“私を守るんだよ”」

 最後のボディガードが動けば、評議会の息子であるドリアの護りはガラ空きになる。ドリアはそれを許そうとはしない。


「あんなことしたって間に合わないさ。それに……私的には、ああやって足掻いてもらった方がいい」

 クロード達を追わなくて良い理由。あれだけ必死に足掻いたところで、病院までには絶対に間に合わないし、何より、ウイルスを解除する手段があるかどうかも分からない。可能性の見えない姿に足掻いているだけの二人を追いかける理由がない。



「“必死に足掻いたところで結局は友達が死ぬ”。そんな絶望に打ちひしがれる、あのクズの顔が見れるんだからな」


 何より、一番の理由は“愉悦”である。

 友達が目の前で死ぬ。そして、自分の非力さを呪い、心が砕け散る。完膚なきまでに壊れていくクロードを楽しむことが出来る。


 一種のバラエティを勝手に摘み取ることは許さない。その理由こそが、ドリアが描く一番の理由であった。



「行くぞ、俺達はアークへ向かう」

「……契約書にサインが終わってないのに、勝手に仕事を進めて大丈夫なのですか?」

「馬鹿か、契約書の一枚二枚偽造なんて出来るし、疑う奴がいれば黙らせればいい。隠蔽なんて容易いだろ。“いつもと変わらないさ”」


 律儀に契約を交わす必要もない。

 それは非道理にも程がある発言であった。世界の革新の為に、研究を続けている国のトップの研究機関の人間とは思えない無責任な発言。


「とっとと、この街を更地にして、評議会施設の倉庫にでもしてやるさ」

「……承知しました」


 ドリアと最後のボディガードもまた、その場から離れていく。

 これから、最後の後始末をやる。一方的な隠蔽と手段を繰り返し、評議会の新たな領土を得る。


 そして、一番の目的である“クロードの居場所の破壊”。

 復讐なんてものとは最早違う。あまりに身勝手な殺戮を、この男は行おうとしていた。その計画の為……アークへと向かう。



「それと、最後に一つ……」

 アークへ向かう最中、ドリアが問う。

「“例の奴の始末も進めているか”?」

 クロード、そして街の契約書とも違う、別の何か。

 その場にいる人間は、評議会の連中以外は知らないであろう“別の計画”の進行経過を訪ねる。



「勿論です。もう、話は進めております……」

「そうか、じゃあ」


 ドリアは唇を歪める。


「“始めるか”」


 計画の最終段階。

 最後の愉悦。決定打となる最後の段階へ、ドリアは駒を進めようとしていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻。


「むにゃ……?」


 外で街の危機を迎えている最中、ガレージハウスでロシェロは目を覚ます。


「な、なんということだ。もうこんな時間か……」

 持っていた懐中時計を確認する。

 かれこれ、15時間は眠っていたようである。普通の人間の睡眠時間にしては長い。その眠りから覚める。


「しかも、ここで寝てしまった。いかんいかん、夏とはいえ風邪を引いて……へっくしゅ」

 咳なのか、クシャミなのか。どちらなのかもわからないモノを口から吐き出した。



「とりあえず、朝のコーヒーを……むむ?」


 まだ、目がボヤけている。

 朝ではなく昼。目覚めのコーヒーを楽しむために、作業効率を高める、ゴリアテのある一階のガレージ内に配置した、コーヒーメーカーの元へと向かっている最中だった。



「“そこにいるのは誰かね”?」

 誰かが、コーヒーメーカーの元にいる。

 コーヒーカップを口へ運んでいる。コーヒーを飲んでいるようだ。


 クロードか、アカサか、ブルーナか。

 勝手に部屋に上がり込んで、勝手に家具に触れることを許しているのはサークルのメンバーくらいだ。何れの誰かだろうと思って、ロシェロは呑気にその人物の元へ近づいた。


「丁度良かった、私にもコーヒーを一杯、」

「おはようございます」


 その人物は、笑いながら受け応える。




「そして、おやすみなさい」


 笑いながら受け応えると___



 “いつ、手に取り出したのかもわからない【斧】を、ロシェロに向かって投げつけた”。

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