64時限目「業夏【クロード事変《梁》】(後編)」


 それは、評議会の事も効率も何も関係ない。


 ただの……“個人的怨念”。


「俺は評議会所属の魔法使いの息子なんだ。何れ、この国を引っ張るエリートであるはずなんだ。求められるカリスマ、絶対的な力、何一つとして汚点もない最高の人間。国の宝であるはずなんだよ」


 ナルシスト、だなんて言葉で片付けられるほどの己惚れではない。



「それを……お前はどうしてくれた? 俺に恥をかかせ、唯一の汚点を作ってくれたじゃないか……ああ、ムカつく。思い出すだけでムカムカするッ……!!」


 あまりにも子供っぽい理由。

 エリートとしてはあまりにも器の狭すぎる理由。



「……“クズ”であるはずのお前が幸せでいる事が、我慢ならないのさ」


 大人げも何もない。

 人の命全てを見下しているかのような、傲慢極まりない理由だった。



「僕が嫌いだから、この街を壊すのかよ……ッ!!」


 あの日の攻撃が、人生を狂わせた。それをクロードは理解している。

 

 だが、それはあまりにも常軌を脱している。

 両親の店を経営難に追い込み、友達の居場所も奪い、犯人であったクロードは殺す事もせずに永遠の生き地獄を与え続ける。そして、幸せを奪い続けるために今度はこの街を破壊しようとしている。調査をし、わざわざここまで嗅ぎつけたのだ。


 そこまでするのか。

 クロードはいつもと変わりない敵意を向ける。



「“お前のせいだからな”?」

 ドリアから、いつの日かの言葉が発せられる。


「“クズであるお前のせいで、この街が滅ぶんだ。理解しろよ、クズ”」


 クロードの絶望の淵へ追いやった、あの言葉を。










「「フザケんじゃねぇぞ、クズ野郎ッ!!」」


 二人の叫び声だ。

 身動き取れない状況だったはずだというのに___。



 “アカサとイエロはあまりにも腹立たしい傲慢野郎の男の顔面をぶん殴った”。


「ぶっふっ……!」

 

 ドリアは尻餅をついて、その場に倒れ込む。



「……ずっと思ってた。あの日、俺がお前を殴っていれば、コイツは不幸にならなかったんじゃないかって。俺が、俺が弱くなかったら」

 イエロは噛みしめながら、拳を握る。

「いや、違う……俺とお前も、弱かったんだ……だけど、これだけは言える」

 ゆがみのない真っすぐな表情で、イエロはクロードを見る。


「やり方はまずかったかもしれないけど……お前は、間違ってない」


 クロードの背中をどのような状況であれ、押したのだ。



「黙って聞いていれば勝手言ってさ。私、凄く嫌いなんだよね」

 尻餅をついて倒れているドリアを指さし、アカサも叫ぶ。

「そうやって、自分の不都合を人のせいにするモノホンのクズはさッ!!」

 心の底から、嫌悪溢れる人間。

 評議会が相手だろうと、アカサはクロードを庇った。




「……クインザ!! やれぇッ!!」


 ドリアは歪んだ表情で指示をする。



「はい、お坊ちゃん」


 人差し指を突き立てる。

 金髪の美女。クインザの指先から……“紫色の銃弾”が放たれる。



「あぶなっ、……!!」


 その銃弾は、イエロに向けられていた。


「危ないッ!


 ___しかし、それはイエロに当たることはない。



「うっ……、」


 アカサ、だ。

 “イエロの前に立った”アカサの胸に、銃弾は直撃した。


「えっ……」


 アカサは、力なく倒れる。胸に撃ち込まれた紫色の銃弾によって。


「スカー、レッダ、さん……?」


 衝撃的な光景。

 クロードは立ち上がり、アカサの元へ。


「アカサちゃんッ!?」

 イエロもまた、その身で庇ったアカサの体を起こそうとする。


「あらら……先に旧友の方を撃つ手立てだったのだけど、まぁいいわ」

 クインザと呼ばれた女性は頬に手を当てながら、残念そうにつぶやくとすぐに開き直って笑みを浮かべる。

「結局、どっちも同じ、なんでしょうし」

 計画がすこしズレただけ。何の問題もない。

 人が気を失っている事も特に悪びれもせず、微笑を浮かべていた。


「こ、これは、……?」

 アカサの体を確認する。


 銃弾が撃ち込まれているにも関わらず、傷がついていない。しかし、埋め込まれた事に変わりはなく、アカサの顔色は徐々に青から白へと染まっていく。



「貴方も見たことあるでしょう? 市長さんの病状を」

 原因、発生理由も全く分からない謎のウイルス。治す方法も見つからず、徐々に体が蝕まれる一方の肉体。


 その正体は……“魔法だった”のだ。

 このクインザという女性が使う固有の魔法。敵の体にウイルスを植え付け、徐々に体を滅ぼしていく悪夢の魔法。


「あのお坊ちゃんと市長さんは出力を弱めているから数週間は持つでしょうけど、今のは加減無しで撃っちゃったからねぇ」

 頬に手を当てる仕草。徐々に彼女の表情も歪んでいく。



「“数時間”ももたないかもねぇ~?」


 もうすぐ、アカサの命は尽きる。

 それだけの強力なウイルスが、埋め込まれたのだ。



「クインザ、この契約書にサインをしろ」

 人が生死を彷徨っている。そんな地獄的状況であろうと、ドリアは心もなく話を進める一方だ。ボディガードから手渡された契約書。一枚の書類をクインザに手渡す。


「このサインが終われば……もう、この街は私の好きなように出来る」


 それは、この街の権利を献上する契約書だ。

 もう、この街で一番狙い人物も、強い魔法使いもいない。邪魔立てするものはいないこの状況。絶好のチャンスを逃すまいと、身勝手な契約が続いていく。


 今、街の今後はクインザの手に渡っている。

 しかし、クインザはこの街の事など知った事ではないような表情だ……何の罪悪感も芽生えることなく、契約書を手に取った。



「スカーレッダさん……スカーレッダさんッ!!」


 必死に起こそうとするも、彼女は一向に目が覚めない。クロードの叫びは、虚しく響き続けるのみだ。



「これで分かっただろ___」


 契約書を手渡したドリアは、クロードの元へ。



「“君のせいだ”」

 絶望に歪む顔が見たいために。彼を一生生きたまま苦しめるために。


「君がクズでしょうもない、生きてるだけでも恥ずかしい人間だったから。君がそれほどの過ちを犯したから、君と関わった人間はこうして苦しむ羽目に。君は生きてるだけでも周りを苦しめる病原菌のような人間なのさ」


 言いたい放題。


「生きてる価値も、夢を見る価値だって存在しないクズだ」


 最早、人間としてすら扱わないような心のない言葉の羅列。




「“生まれてこなければよかったな”?」


 ___お前のせいで人が死ぬ。

 生きてることそのものが罪であると知れ。お前に自由はない。






「ううっぅ、ううぅ……あぁあああああああッ___!!!!」



 その瞬間。



「うああっ……あぁああああッ……!」


 クロードの心は……“粉々に砕け散ろうとしていた”。


 

「ハハハッ……アハハハハハッ!」



 ドリアの歓喜の絶叫が、大地全体にこだました。









「___ッ!?」

 一瞬。更にその一瞬。

「あれ、あれっ……?」

 クロードが壊れるその前に……突拍子もなく、クインザが“声”を漏らす。



「んん?」

 言いたいことは言った。用件を終えたドリアが振り返る。


「どうした。急に声なんて、あげ……て?」


 “ない”。

 クインザの手元に“契約書がない”。


「……クインザ、契約書は、」


 呆気にとられたクインザの表情。その視線の先に、ドリアもつられて声を漏らす。








「これ以上……ッ!!」


 それは、ドリアも一度はあったことのある人物。


「この街を好きにはさせないぞ……ッ!!」


 クインザに手渡したはずの契約書。




「間に合ったようだな!」


 ___それを手にする“市長の息子”。

 ガラの悪い不良生徒。それをボディガードとして引き連れた、小太りの男。



 あまりにも意外な介入者に、その場の空気が静かに一転した。

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