64時限目「業夏【クロード事変《梁》】(前編)」


 このまま放っておいて良いものか。

 アカサは爆破予告を行ったボディガードの男・サジャックの後を追いかける。場所は言葉通り徐々に街の外へ。クロードとイエロの二人も共に追いかける。


 街にある程度の被害が出ようが問題ない。

 そして、この爆破命令は“市長側”は許可を出していないはずであるという事。ここまでの不安要素が並んでしまえば、立ち止まって待ったままなんて出来るはずもない。


 とにかく追いかける。サジャックと名乗る男を。




 追いかける事、数分が経過。

 街外れ。数匹の魔物の狼が見える平原に、その人物はいる。



「来たか、サジャック」


 ボディガードの主である、ドリアだ。

 近くにはもう一人のボディガードもいる。サジャックの到着を待っていたようである。


「なんだ、本当に魔物が来てたんですか……」

 サジャックはサングラスの場所を整え、笑いながら口を開く。

「てっきり、いつもの“でっち上げ”だと思ったんですけどね、僕は」

 ケタケタと人形のように笑う不気味ぶり。

 それは紛れもない、主への侮辱である含み笑いだった。


「サジャック。冗談でもやめておけ。お前の首が飛ぶぞ」


 もう一人のボディガード。長い黒髪の男がサジャックに警告する。

 付き合いが長い故のジョークなのかと思われる。しかし、そうであれ、相手は評議会のお偉いさんの息子だ。事と次第では、島流しもあり得る無礼である。



「……計画通り。街は占領下となった」

 ドリアは魔物達を前に、特に怯える様子もない。

 何処にでもいるような下級の魔物だ。しかし、群れというほど大量にいるわけでもない。一掃魔法を使うまでもない少ない個体を前に、ニヤつき始めている。


「あと少しで……この街は“更地”にでもするさ」


 更地にする。

 ドリアの口から、不穏極まりない謎の一言だ。







「更地にする、ですって……!?」

 遠くからその様子を眺めていたアカサは思わず叫びそうになる。

「おい! この街には魔物の原因調査に来ただけじゃないのかよ!?」

 イエロも小声で叫んでいる。とはいえ、叫んでいるのに変わりはないので思わず口を閉じさせる。


「……奴らは一体」


 何を企んでいるのか。イエロの口を塞いでいるクロードは呟く。



「さぁ?」

 この事を一刻も早く報告するためにその場から去ろうとする。

「誰なんでしょうね?」

 しかし、あまりに無警戒すぎた。何という油断。

 後ろから聞こえる声は“通行止め”を意味する、絶望の瞬間。


「「「!!」」」


 三人は思わず振り返る。

 反撃も出来ず、ただ無防備に両手を上げて、何もしないと命乞いをするのみだ。



「なんだ?」

 突然聞こえてきた声。当然気づかないはずもない。ドリアは特に脅威でも何でもない魔物に背を向け、声のした方向へと振り返る。近くにいたボディガード二人も同様に、だ。



「「「「……」」」


 逃げられる状況じゃない。

 突然後ろから現れた謎の人物と共に、クロードはアカサとイエロの二人と共に大人しく姿を現す。



「おやおや、これはこれは魔法使いの恥晒し君」

 数時間ぶりの再会にドリアは嬉しそうに笑っている。

「私達の仕事を見学しに来たのかな。それとも……悪戯でもしようとしたのかな?」

 無防備。何の反撃も出来そうにないクロード達へやはり余裕の表情を浮かべている。



「いけない子ね。学園の生徒がこんなことをしちゃ……」


 後ろから聞こえる声。クロード達はそっと振り返り、その声の正体を見る。

 ボディガード達同様にスーツ姿であり、カールのまかれた金髪を靡かせる眼鏡の美女。青春に身を任せ、衝動のままに動く、子供達の姿を見ながら笑っている。


 間違いなく、この人物はドリアの協力者だ。何せ、サジャックと名乗ったボディガードと全く同じスーツを着ている。


「……アレ?」

 アカサは両手を上げながら、ふと声を漏らす。

「この人、どっかで見たことある様な……?」

 既視感。見覚えのあるという女性の前で首を傾げ始める。


 アカサの知り合い。なのか。

 しかし、クロードはこの人物と会った事は一度もない。今日が初対面。はじめまして。こんな美女と知り合いだったためしはない。



 だというのに___

 クロードも又、この“女性には見覚えがある”。



「あっ!!」

 アカサは思い出したのか、またも声を上げる。

「“市長の秘書の人”だ!!」

 今までモノクロでボヤけていた頭の中が一瞬で、電流と共に色がつく。



「……確か、今は市長の代わりをやってるって」


 市長の代わりをしている秘書の女性。そして、市長もいない中、勝手に進められている調査の今後について。


 徐々に、評議会の裏の顔が見えてくる。

 これは調査でも何でもない……“陰謀”という闇。



「これはどういうことですか」


 クロードは無礼を承知だろうと問う。

 いや、彼にとってこの人物は……立場がどうであれ、“敬意をはらえる”相手なんかではない。



「あぁ、魔物の調査とか、この街の観光というのは本当だよ」


 クロードの問いに、ドリアは嘘偽り一つもなく、正直な事を告げる。




「“新しい魔法研究施設”の建設予定地の下見としてのね」


 魔法研究施設。その建設予定地。

 爆弾によるある程度の被害の見過ごし。



 元より、街を救うつもりなんてない。

 この男は最初から……この街を“勝手に取り壊す”為にやってきたのだ。




「街を取り壊す、って……!?」


 そんな報告一つもされていない。ましてや、この男達は街にまだ人間がいようと、この街を吹っ飛ばす計画を進めようとしている。

 あまりにも非人道的な計画。それを行っているのが、あの魔法評議会だというのだから、アカサは唖然として声も出なくなってしまう。



「この辺は特殊な魔力が充満している変わった地域だからね。新しい研究所の開発地としては丁度いいのさ」

「いいのかよ、そんなことをしてさ」


 イエロも我慢ならないのか、ついに口を開く。


「裏で手を回して、ある程度は合法で話を進めているのだとは思うけどよ……人のいる街を吹っ飛ばしでもしたら、評議会の評判はダダ下がりだぜ?」


 街を取り壊すにしても、そんなことをすれば評議会がどのような後ろ指をさされるか。

 ただ無名の田舎町であれば回避は出来たかもしれないが、ここディージー・タウンは観光名所としてはそれなりに有名な地点だ。この街を突然破壊するようなことをすれば……どうなるかなんて、馬鹿でも分かるはずである。


「その点に関しては問題ないよ」

 しかし、ドリアは特に慌てる様子もない。

「しっかりと……“手は回しているからね”」

 破壊しても、評議会にダメージが行くことはない。

 そうなるように計画を進めている。ドリアの表情を見るに、ハッタリでも何でもないことが伺えた。



「……何故だ」

 クロードは震えながら睨みつける。

「何故、ココなんだ!? 何故、わざわざ人のいる場所を……なんでこんなところで!?」

 いつものクールさはない。

 素の表情だ。冷静さにかけながら、その非人道的な計画を問いただそうとする。


 新しい研究施設。それをつくるために、わざわざ人のいる場所を指定しなくてもよいはずだ。なぜ、街を取り壊すような……それどころか、その街の住人さえも吹っ飛ばすことを企てているのか。


 その理由だけが分からない。

 もっと平和的な方法があるはずだからと、クロードは叫ぶ。



「簡単だよ」


 叫ぶクロードの元に、一歩ずつドリアが迫る。





「“お前が気に入らないから”」

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