53時限目「真夏のアイランド【ラグナール・ビーチ】(前編)」


 七月中盤! 街外れのビーチ!


「来たぜ、ヨッシャァアアアーーッ!!」


 水着である海パン姿でテンションを上げまくるソルダ。舎弟達も同様に、アロハシャツやサングラスを装備したりと、ナンパする気満々のファッションスタイルで当日挑みにやってきた。


 ロシェロの言う通り、海に行くかどうかを尋ねたら、秒もかからず参加を即答した。

 男は欲望に正直だ。それほどに、水着の女性を見たくて仕方ないというわけである。


「ここが、海かっ……!」


 写真でしか見たことがない景色に、クロードも目を輝かせている。

 街で購入したトランクスタイプの水着。そしてその上には浮き輪と水中眼鏡の装備姿で、クロードはソルダの横に並ぶ。


「……お前、随分とフル装備だな」

「僕、泳げないので」


 海に行ったことはないが、王都にいた頃は近所の川で水遊びをしていたことがあるらしい。そこで溺れた経験があるらしく、泳ぐのは苦手になった、らしい。


「さーてっ、海にやってきたら恒例のイベント言ったらよぉ……」

 ソルダは全力のガッツポーズと共に叫ぶ。

「“水着の女性陣だろうがよぉおおッ”!!」

 そして、舎弟共々宣言する。


「嬉しいもんだぜぇ……! 昔は男だけで悲しく海に行って、ナンパも惨敗……! 水着の女性とは縁のない青春を送ると思ったが今年はちげぇ! まっぶい女性陣の水着をすぐ目の前で拝めることが出来る……こんなにうれしい事があるかよぉおお……!」


 ソルダは勿論、あまりの嬉しさに舎弟の不良生徒達も泣きだす始末。

 真夏の海。この蒸し暑さは間違いなく太陽の温度だけではないだろう。むさくるしい男の哀しみを前に、何処か蒸れそうなクロードは僅かに距離を取ろうかとも考えていた。



「それじゃあ、そのお望みに応えて……」

 男泣きする連中の後ろから、声がする。

「とくと見ろッ!!」

 この無駄にテンションが高い声、間違いなくアカサの声である。


「おおおぉおおーーーッ!」


 男性陣が振り向くと、そこに広がるのは見事なまでの絶景だ。


 真っ黒いビキニとホットパンツ姿のアカサ。そして、その横にはワンピースタイプの水着を身に着けたロシェロ。

 シャドウサークルの女性陣の二人が、見るも鮮やかに眩しい水着姿で、男達を魅了していた。


「ありがたやありがたや……」


 ソルダと舎弟達は、まるで地蔵を拝めるかのように両手を重ねていた。

 本当に蒸し暑い。この熱気、間違いなく太陽の温度だけではない。水筒の一本くらいは調達するべきだったとクロードは軽く後悔を浮かべていた。


「へっへ~、どうよ~。クロード~? 私の水着姿は~?」


 一人、距離を取っているクロードの元へアカサが近づいてくる。


「……」

 いつもと変わらない距離。異性にしては近すぎるようにも感じる距離。

 胸、お腹、腰に足……女性の武器ともいえる魅力的な一面が揃って露わになっている水着姿。何処か破廉恥にも思えてしまう。こうも肌を露呈した姿。


「い、いいん、じゃないですか~?」


 思わず、クロードは顔を赤くして目を離した。

 社交辞令程度に褒める程度。凝視をするにはどうしても、照れてしまうので目を逸らしながら。


「照れやがって~? 可愛いなぁ、コイツ~?」


 そんな彼の事などお構いなしに、その片腕にしがみついては胸を寄せるなどからかい続ける。人差し指で頬をつつくなど、いつもと変わらない鬱陶しいちょっかいをかけてくる。


「照れてませ~ん~。己惚れないでくださ~い~」

 小馬鹿にするようにクロードは言葉だけで反撃をする。

「じゃあ、こっち見ろよ~! このこのぉ~!」

 アカサもまた、追撃を仕掛けるようにぐいぐいと距離を寄せていた。



「……スカーレッダ君。水着の事は君に任せると言ったが」

 だが、その中で一人。不満げな表情の少女が一人。

「少し子供っぽくないかね。これでも私は先輩だぞ、大人っぽいイメージを所望したはずだ」

 水着の購入など一人で行ったことがないロシェロ。今回の海のファッションについては、アカサに一任していたようである。


「えぇー、そんなことないですよ~?」

 アカサはおだてるようにロシェロに返答する。


(……ほら! 男どもも褒めて褒めて!)

 すると、すぐさま男達を搔き集め、彼女を褒めるようにとアカサが指示をする。

(いや、でも、本当に子供っぽいというか、何というか)

(仕方ないでしょ! あんな幼児体系に大人な水着は似合わないんだから!)

 一理ある。確かにあの幼児体系に大人なビキニは不釣り合いではある。アカサは彼女に百パーセント似合う水着を選出したと胸を張っている。


(というわけで、よろしく!)

(いや、そう言われても、)

 戸惑うクロードであった。



「いえいえ! そんなことっ! いつにも増してセクシーですよ! ロシェロ先輩!」

 しかし、指示を受けた直後に、猫なで声でソルダ達がロシェロをおだて始めた。

「そうですよ! いつもの綺麗さがより増したというか!」

「やっぱ大人な先輩には魅了されちゃいそうだな~!!」

 さすがはナンパ経験がある男どもと言ったところか。思ってもいないことをさぞ本当のように言い切れるその話術と連係プレーには技術が染みついている。



「……えぇ~っ? そんなわけないでしょ~? ぐへへ」


 とはいえ、簡単なナンパであることはすぐにわかったはずだ。

 しかし……ロシェロはいとも容易く、ソルダ達の誉め言葉を受け入れてしまった。



「簡単すぎません? あの先輩」

「将来心配になって来たわ。あの子」


 改めて、ロシェロの未来を心配するクロードとアカサであった。



「……盛り上がってるな」

 遅れてやってくるのは、ブルーナだ。

 パレオが風で靡く白い水着姿だ。お世辞でも何でもない、大人なイメージの姿で堂々と現れる。


「おおおーーーっ……」

 男性陣。美しい&尊さ全開で唖然。

 昇天してしまいかねない沈黙ぶり。正真正銘魅了されていた。



「ジーンは遅れてやってくる。イベントまで少し時間があるようだ。それまで、各自自由に遊んでおくといい。私はジーンが来るまで待っておく……じゃあ、あとで」


 伝言だけ言い残し、ブルーナはその場を後にした。


「それじゃ! 全員仲良く海に飛び込もうぜ!」

「おおーーーーっ!」


 ソルダ達とアカサの二人はテンション高く、波打つビーチへと走っていく。

 

「やれやれ、凄い熱気だ。水筒の一本でも用意しておくべきだったよ」

「同感です」


 クロードとロシェロも、テンション高い一同を眺めながらゆっくり歩きだす。体力のペース配分をしっかりと大事にする頭脳派は、こんな熱気の中でも冷静であった。


「……そういえば、今日は小太りの彼とは一緒ではないのかね」

 ロシェロの言うその人物は、おそらくマティーニの事だ。

「今日は別の人に誘われているらしくて……こっちで会ったら、よろしく頼むとだけ」

「うむ、そうか」

 確認も終えたところで、真っ先に海で水を飛ばし合っている一同の元へと、足を運んで行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 水鉄砲。スイカ割り。そして、ビーチバレー。

 体力派のソルダ達とアカサは海を前にテンションマックスの状態だ。既に数十分以上が経過しているが、その熱がやむことはない。


「……よくもちますね。本当に」

「同感だ」


 クロードとロシェロは、近くのビーチパラソルの下で横になっていた。

 日陰でゆっくりと海を眺める。これもまた、一つの風物詩である。


「君は混ざらないのかね」

「これから何かイベントが控えてるって言ってたじゃないですか。何のイベントかもわからないので、体力は温存します」

「そうかね」


 盛り上がりたい気持ちはあるが、まだ体力は残しておく。

 魔術の実力こそあれど、スタミナにはそれほど自信がない彼の事だ。肉体を気遣う一面をそっとロシェロは見送ることにする。



「まぁ、私も体力を温存して、」

「お前の場合」


 ロシェロが何か言いかけた瞬間。


「……元より体力がないから、寝ているだけだろう?」

 真横から、聞き覚えのある声が挟まれる。

「その、声」

 クロードも又、その声のする方向へと目を向ける。







 いつもとは違う縛り方をする髪の毛。

 紫色のビキニタイプの水着の上に……いつも羽織っている“マント”。


 モカニ・フランネル。

 ロシェロのライバルが、ビーチベッドで横たわっている彼女を見下ろしていた。

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