52時限目「乙女の初恋【ブルーナの噂】」


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 それは……突然の出逢いでした。

 私は貴族が嫌いでした。自分の身の事だけを考え、一族の繁栄のみしか頭に入れていない。周りの危機など目もくれず、ただ駒として利用する以外他はない。


 これほど醜いモノがいるものか。私の家族もそのゴタゴタに巻き込まれ、最終的には田舎街の片隅にまで追いやられていった。


 私は、家族を助けたかった。だから、一族の跡取りとして戦うことを誓ったのだ。

 こんな、理不尽な環境と。今も尚、世界にはびこる魔物達と。



 ……だから、信じられなかった。

 私に優しくしてくれた両親と祖母以外の貴族を信用できなかった。悪足掻きに後ろ指を指し続けるだけのあの連中が、とにかく憎かった。


 だが、そんな私の敵対心は___



『君が……アイオナス家の、ブルーナ。だよね?』


 街を歩いていると、偶然出会った。

 散歩の最中。通路の真ん中を白い馬で横断。貴族の少年と出会ったのだ。


 あの微笑み。そして暖かい腕。

 ロマンチックな表現かもしれないが……その姿はまるで、白馬の王子様。


『私はジーン。ジーン・ロックウォーカー。君の親戚のようなものだ。私もしばらく、この街で世話になることになった……仲良くしてくれると、嬉しいな』


 家族ではないというのに、兄のように暖かった。


 その日から始まったんだ。

 私の……“恋”は。


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「……的なポエムの書かれたノートをブルーナ先輩の部屋でたまたま見かけてしまったんですけど、正直に謝った方がいいかな。てか、まずいよね。これ」


「「死んだな、コイツ」」


 クロードとロシェロ、二人揃っての即答だった。

 用事もないのにロシェロのガレージハウスへ集まるのが日常となったクロード達。ゴリアテ起動計画の次のステップの情報は、現在ロシェロが調べ上げている最中だ。


 そんなところで、クロードとアカサの二人が遊びに来た。息抜き程度に、ロシェロの部屋で雑談を楽しんでいたところである。


「だよねぇ~……ぶっ殺されちゃうよねぇ~」


 話の内容は……ブルーナ・アイオナスの噂についてである。


 ブルーナ・アイオナスとジーン・ロックウォーカーは幼い頃より面識があるという。親戚同士の間柄である二人は、兄妹のような関係だった。


 禁断の恋、というには分からないが。ブルーナはジーンに恋をしている。

 あの冷静沈着でそういったものには興味のなさそうな彼女の意外な一面。アカサは一度ブルーナの寮の部屋に遊びに行ったことがあるらしく、その際に偶然見つけてしまった日記帳を見て、それを知ったようだ。


 現在、ブルーナは用事でガレージハウスにはいない。本人がいない間に、軽く相談をしていたというところだ。


「……僕も一回だけ、本人に直接聞いたことがあるんです。そしたら、いつもとは想像つかないくらい取り乱してて、」

「おいおい。君も君で勇者だな」


 普通思ってても直ぐには口には出せない。クロードもクロードで、そこまでダイレクトに聞けるのも中々であるとロシェロは呆れる。


「……ちょくちょくだが私も聞いたことがあるよ。ジーン・ロックウォーカーの事を彼女に聞くと、いつもとは比べ物にならないくらいテンションが上がるって……なるほど、あのクールなアイオナス君がねぇ。へぇ~」


 ロシェロも微かに噂だけ聞いていた。

 彼女の変貌ぶりを見た事があるわけじゃない。だが、二人の話を聞く限り、ゴリアテと同様の興味をもってるように見えた。


「青春しているじゃないか。良い事だ……しかし、恋心か」

 恋心。ロシェロにとって、それは無縁の存在だと考えている。興味がないわけではない。

「クロナード君。君は初恋とかしたことないのかね」

 ただし、それは自身のではなく“他人”の恋心に対してのみだ。


「なんで、そこで僕に振るんですか」

「ああ、そうそう! 気になってたんだよねぇ~!!」


 アカサもそれが気になったのか、クロードが座っているソファーの隣へ腰かける。


「ここに来てから気になる子はいないのかよ~? 知ってるか? 君って今、すっげぇ役得な状況なんだぜ~? 何せ、美少女三人組に囲まれながら、こうしてサークル生活を楽しんでいるんだからさぁ~?」

「自分で美少女っていいますか」


 クロードは思う。美少女と自分で言っちゃうものなのかと。ナルシストと思われて価値を下げるだけじゃないかと溜息を漏らす。


 ただ、三人が美少女であることは否定はしない。

 ブルーナは言わずもがな、誰もが憧れる完璧超人で美人だ。ロシェロも微かに人気があるほどには小動物のような愛らしさがある。アカサは喋ったりさえしなければ、普通に美少女であるような気もする。


「で、きになったりしないのかよ?」

「べーつーにー?」


 ……だが、学園に来てから恋心なんて抱いていません。クロードは二人からの挑発を回避するために、興味のないフリをする。


「正直に言っちゃえよ~? 誰がタイプなのさ~?」

「だーかーらー。三人とも綺麗ではあるけど、いませんってば~」


 棒読みで、三人とも美人だが恋はしていないと続投する。


「……おい。まさか、初恋は妹とか言い出さないよな? さすがにそれは引くぜ? ロリコンであると同時シスコンとか救いようねぇぜ、お前?」

「待てや、コラ。どうして、そうなった」


 クロードは眉間に皺を寄せた。

 妹のノアールは大事な存在ではあるが、そんな破廉恥な目で見た覚えはない。理不尽なレッテルをはられる前に黙らせてやろうかと、クロードは腕を慣らし始めていた。


「ああ、そういえばそうだ。ロックウォーカーで思い出したよ」


 ロシェロは立ち上がり、テーブルの上に置いてあった書類を一枚手に取る。



「彼から誘いが来たんだ」

「何のお誘いですか?」

 アカサは首を傾げ、ロシェロに聞く。

「もうすぐ七月でな。近くのビーチで遊泳が解禁されるらしい。そこで、街の人達が色々とイベントを行う。サークル活動の一環、及び息抜き。思い出作りとして遊びに来ないか、とね」

 街でのイベントに招待された、というわけだ。

 ちょっと早めの海開き。青春つくりの一環に是非とも、参加してほしいというジーン・ロックウォーカーからの粋な計らいであった。


「海!? いいですね! 行く行く!」

「……海、か」


 クロードも、興味深そうに一息漏らす。


「行った事がないから、興味あるかも」

 生まれてこの方、海は未経験であったというクロード。

 初めての体験を前に、遠足気分で心をウキウキさせていた。


「決まりだな。では、我々は参加するとしよう」

 ロシェロも又、何の躊躇いもなく、参加を表明した。


「おやや。珍しいですね? ロシェロ先輩、外に出るの面倒そうなのに」

「……ちょっと、私用があってだな」


 ビーチに用がある。

 一体何の用があるのだろうか。不敵な笑みを浮かべるロシェロを前に、クロードとアカサは首をかしげていた。



「失礼する」


 話に区切りがついてから、ブルーナがやってきた。どうやら用事を終えたようだ。


「やぁ、ブルーナ君。来て早々に聞きたいことが」

「ビーチに行くんだろう。当然、参加させてもらう」

「聞いてたのかね」

「聞こえてたからな」


 この部屋まで上ってくる最中に話は聞こえていたようだ。

 ソルダ達には聞くまでもないだろう。どうせ首を縦に振る。というわけで、シャドウサークル全員の参加がここで決定したわけであった。


「……それと、アカサ」

 直後___

「“私の日記を勝手に見た”ということで話が」

 満面の笑みで、ブルーナはアカサの肩を握る。


(ひぃいいいいーーーーッ!?)


 そこまで聞かれていたようだ。

 アカサは顔を真っ青にする。



「あっ、ロシェロ先輩。ゴリアテの事について聞きたいこととかあるので、付き合ってもらっていいですか?」

「おお、奇遇だなー。私もゴリアテの事で調べたいことが偶然あってだなー。よし、では下に向かうとしよう、後輩~」


 クロードとロシェロの二人は、棒読みで部屋から去っていく。逃げるように、そそくさと早足で。


「待ってぇえええッ!! 二人だけにしないでぇえエエエエーーーッ!!」


 アカサの断末魔は空しくも……

 固く閉ざされた扉によって封じ込められることとなった。

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