51時限目「女の喧嘩【どんぐりの背比べ】」


「んで? 妹ちゃんとどんな話をしてたわけ?」

「……ノーコメントで」


 とある日の昼食。クロードとアカサはそれぞれ食事を手に廊下を歩いている。アカサは弁当箱、クロードはサンドイッチ入りのバスケットだ。


「ちぇー、ちょっとは喋ってもいいじゃない」

「内緒です」


 意地でも、妹とどのような会話をしていたのか言わない気でいる。


 ……クロードは自然と笑顔を浮かべていた。

 追撃を仕掛け続けるだけでもクロードの表情が自然と安らいでいくのが分かる。それを見るだけでも、クロードにとって、あの日がどれだけ心の羽休めになったのかが伺える。


 “兄をよろしくお願いします”。

 帰り際、妹であるノアールから任された頼まれごと。それをしっかりと守るべく、今日も二人仲良くソルダ達の待つ場所へと二人は向かう。


「このこのぉ~、喋らないと、アンタの、」


「「その命、今日こそもらったァアアアーーーッ!!」」


 突然のかけ声!いきなりの抹殺宣言!

 そして、途端に現れる“爆風”!!


「「ふぎゃァアアーーッ!?」」


 クロードだけではなく、近くにいた“アカサ”も纏めて吹っ飛ばされる。


 突然聞こえてきた二つの甲高い叫び声。爆風と共に“破壊される壁”。


そこから現れるのは、電撃を纏った傘を振り回す魔法使いと、巨大な人形の肩に乗った魔法使い。


 どこかで見たことある風景。もしかしなくても、デジャ・ビュ。


「……やれやれ、今日も今日とで不愉快だ。裏切り者のママゴト少女め」

「こっちのセリフだ、マッドサイエンティスト。今日も居眠りばかりのおかげか元気そうで何より」


 見慣れた二人。学園が誇る天才の二人、ロシェロとモカニ。

 いつも通りの喧嘩。昼食へと向かう最中、不幸にもそれに巻き込まれてしまったわけである。


「コラァアアッ! また、お前達かねぇッ!?」


 今回は運が良かった。ロシェロ達からすれば運が悪かったというべきか。

 たまたま近くを学園教諭が通りかかっていたようだ。眼鏡をかけた口うるさそうな先生が二人を見かけるなり、雷様のごとくガミガミと叱りつける。



「ごめんなさい、教諭。私にそのつもりはなかったのですが、この躾のなってないハムスターが先に噛みついてきたもので」

 人形の肩に乗りながら、モカニは頭を下げて謝罪する。


「何を言うのかね。君の方がコンマ一秒手を出すの早かったぞ。罪を別の人間に擦り付けるとは、学園の天才も地に落ちたな」

 一方、ロシェロもブーメラン発言全開で責任転嫁開始。両手を横に広げ、やれやれと首を横に振っていた。


「居眠りばかりでついに目が腐ってるんじゃないの……ああ、ごめん。お前は元から、スッカスカの節穴だったわ」

「よく言うじゃないか、木偶の坊。お前の人形ほどスカスカではないよ」

「……ちっ」


 二人の間で再びイナズマがバチバチと鳴り響く。



「校舎内で喧嘩をするのはやめたまえ! 続きは誰もいないところでやりたまえ!」


 第二ラウンドが始まる前に教師が警告。

 ここで続けようものなら然るべき処置をとる。最悪の場合、謹慎も厭わないと権力を駆使した最後の勧告だ。


「というわけだそうだ、木偶の棒。決着は例の場所で行おうじゃないか」

「……この際だ。お前のその無駄に長い鼻を両断してやる」


 ロシェロは傘を畳み、モカニは人形を引っ込める。

 二人仲良く、ボロボロになった廊下を後にし、生徒同士の戦闘が認められている“コート”へと向かう。模擬戦用のあの場所なら、どれだけやろうが文句を言われない。


 そこで決着をつける。二人は口喧嘩を続けたまま、外へと出ていった。



「……生きてる~? クロード~?」

「なんとか」


 二人、廊下でひっくり返っていたクロードとアカサは立ち上がり、去っていく二人の背中を眺めていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 校庭のコート。模擬戦用のステージの上、二人は並び立つ。


 ロシェロとモカニ。二人の天才がまた、火花をぶつけようとしている。


「やれやれ、これで57回目」

「そんなに喧嘩してるんですか。あの二人」


 クロードとアカサは二人仲良く、コートの近くのベンチの上で昼食を食べている。


「相当仲悪いって、うちのクラスでも評判だしな」


 当然、話を聞きつけたソルダとその舎弟達も昼飯の総菜パン片手に試合観戦。

 あの二人のいざこざを放っておくのも何か勿体ない気がした。怖いもの見たさで一同は、明らかに見世物ではない二人の戦いを眺めることに。


「……この数年、私は研究に研究を重ねている。お前なんかに負けるものか」

「それは、どうだろうかッ!」


 まだゴングはなっていない。

 試合が始まるよりも前に、ロシェロは野球のピッチャーのように大きく振りかぶる。


「くらえ! 木偶の棒!」


 そして、槍のように投げつける。

 閉じられたまま。先端が針のように鋭い“電撃を纏った傘”を。


「私の開発した“超高圧電流傘6号”! こいつは標的を定めれば、着弾するまで敵を追いかけ続けるのだよ! 害虫のようにしぶといこの攻撃を止められるか?」


「……その程度の成果で図に乗るな」


 杖を構え、指を慣らす。

 瞬間、二つの魔方陣。中から現れるのは“モカニそっくりの姿をした人形二人”。


「なにっ!?」

 見た目そっくりの人形、それが出た途端にロシェロは声を荒げる。

 “傘”が狙いを変え、コートから勢いよく全力逃走を行う二匹の人形を追いかけ始めたではないか。


「私そっくりの熱源反応と構造をしたダミー人形だ。追尾はもれなく、あの人形へと行われるから」


 再び指を鳴らすと、今度は数百匹の小さな人形兵が現れる。


「突撃!」


 人形兵達は槍を構え、雄たけびを上げるポーズをとる。

 すると、すべての人形が“50km”近くの超猛スピード。ハチとも思えるような速さで、ロシェロ目掛けて飛んでいく。


「以前よりもスピードを上昇した新型の小型兵士! 一匹一匹処理するのは勿論、そのスピードで攻撃の回避も十分……処理できる?」


「容易いな、木偶の棒」


 外出用のローブ。ステージを動き回るには明らかに邪魔となる装束。だが、ロシェロはそれを脱ぐこともなく、向こうから襲い掛かって来ようとする人形兵達を待ち構える。


 もう回避は間に合わない。人形兵は槍を構え、一斉に飛び掛かった。



 ___だが。


「回避をする必要もない」


 人形兵達は、針のように槍を刺すこと叶わず。

 ただ、ロシェロが羽織っていたローブに“引っ付いたまま動けなくなる”。蜘蛛の巣に捕らわれた蟲のように暴れまわっている。


「私の開発した“磁石ローブ”! 起動すれば、これくらいの雑兵など捕まえることが可能! あとは、私が電撃を放てば……」

 同時、ロシェロは体全体に電撃を纏う。

「一掃だ」

 人形達は一瞬で灰となって消えていく。

 完全に“モカニの研究成果をメタった”兵器であった。



「……何、このバトル」

「新手のセールスでも見てんのか、私達は」


 ベンチで試合を眺め続けているクロードとアカサは思った。

 互いが互いをメタっている研究品の押し付け合い。やっているのは魔法を使った模擬戦というよりも、ただの工作のぶつけ合いのような気がしてならない。



「だったら、以前のように直接近づいて決着を」

 鞘の形をした杖。それを引き抜き、モカニは巨大な針を突き出す。

 人形兵との連携を兼ねて、接近し急所であるローブの中を狙う。それだけで容易いことだと、指を鳴らしながら一歩手前へ進む。



 ___カチリ。


「ん?」


 モカニは気づく。

 何か、妙なものを踏んだような感覚に。


「かかったな」

 そこでロシェロは“勝ち誇った表情”をする。






 “モカニのいた地点が爆発する”。

 ステージ一帯に赤い電流。まるで炎ともいえるような火花を飛び散らせ、黒い焦煙を撒き散らす。



「馬鹿め」

 鼻息を吹き、してやったりな顔で胸を張って見せるロシェロの姿。


「試合は始まる前から始まっているのだよ。勝てる作戦の一つとして、君の周囲に私の“超高圧電流地雷”を仕掛けておいたのさ。それに気づかなった地点で、君の敗北は決まっていたのだよ!!」

((いや、反則でしょ。それ))

 

 アカサとクロード、二人仲良く心の中で突っ込んだ。

 この天才。最初から反則を仕掛けていたようだ。先輩の面汚し、魔法使いの恥を見ているような気がしてならない二人は口に含んでいた昼飯を静かに飲み込む。


「わーはっはっは……むむっ!?」

 大笑い。しかし、煙が消えた途端にロシェロが声を荒げる。


 


 地雷が爆破した地点。そこに残っている焦げた残骸。

 それはモカニのモノではなく……“モカニの形をした人形”の破片であった。


「こ、これは!?」

「馬鹿はお前よ、ハムスター……!」


 真後ろ。いつの間にか移動していた“本物のモカニ”が針を構えていた。


「試合は始まる前から始まっている。お前が対峙していたのは最初っから私のダミー人形だったんだ……それに気づかなかった地点で、お前の負けは決まっていた……!!」


((卑怯者しかいなかったよ、この戦場))


 試合が始まる前から二人互いに罠を仕掛けていた。

 同類というか何というか。そこまでして勝ちたいかと、アカサとクロードは呆れながら水筒の水を口に含む。



「これで、終わり! ロシェロ、」



 ___カチリ


「ん?」


 まただ。また、妙な音。

 最早聞き慣れてしまった“罠の音”が耳に入る。



「……私一人が、負けるものかよ」

 焦りに満ちた表情を見せ、ロシェロは振り返る。


「死なば諸共だ。モカニ君」



 ___瞬間、モカニとロシェロは飲み込まれる。



 ロシェロは“万が一の場合、引き分けに持ち込めるよう自分の足元に仕掛けておいた高圧電流地雷”を発動させる。火力も相当なモノである自爆装置により、互いに感電。


「ぐっぎゃぁ……!」

「ぐへぇ……っ!」


 宙を浮くモカニとロシェロ。

 真っ黒に染まり切ったコートの上。殺虫ガスを吸った蟲のようにポタリと地面に落ちてくる。


「「……」」


 二人とも戦闘不能。決着つかず。

 卑怯者と卑怯者の戦いは、卑怯者の卑怯な罠により、二人仲良く引き分けと洒落こんだ。





「「……くだらねぇ」」

 クロードとアカサ。そして、ソルダ達一同はベンチから去っていく。


 先輩が互いに泥を塗り合うだけの試合。

 あきれ果てた表情を浮かべたまま、閑古鳥の鳴き声だけを残しておくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る