50時限目「信頼【ノアール・クロナード】(後編)」
ソルダ達が帰り、それからも数時間は部屋で色々と話した。
家族の事、向こうの学園で頑張っているというイエロの事。苦しい生活は続いているが、周りの支えもあって上手くやっていると。
その頑張りはきっと、エージェントして活動しているノアールも大きく貢献している。日が暮れるまで、クロードも学園の事を楽しく話していた。
「もう、こんな時間です、ね」
ノアールは何処か残念そうに窓の外を眺め、そう呟く。
宿に戻って、相棒のカルーアと合流しなければならないようだ。約束の時間が近づきごとに、この楽しい時間を名残惜しく思っているようだった。
「良かったです。お兄ちゃん、元気に過ごせているようで」
クロードは楽しく日々を過ごしていることを知り、嬉しそうに笑う。
「……お兄ちゃんの事だから変にクールに過ごして、妙に反感買って、そこらの不良たちと喧嘩して荒んでるんじゃないかって不安にしてたのです。案の定だったから心配したですけど」
「ぐっ……」
そこばかりは反論できなかった。
その通り。初日から問題を起こした。想像通りの展開があったことを聞いて、妹のノアールは心底呆れた事だろう。
「ガラの悪そうな人たちが部屋に入ってきたときには余計心配したのです」
「……問題は起こしてるけど、良い人達だから……たぶん」
不法侵入だとか、喧嘩だとか。色々と問題を起こしている連中ではあるが、仲間内での友情は厚い連中だ。問題も一応の収拾はついたため、大丈夫かもとクロードは困った表情でそう答えた。
「分かっているのです」
ノアールは肩を落とすクロードに言う。
「あの怖いお兄さん達と喋ってるお兄ちゃん。凄く楽しそうにしてましたから」
「……そう、かな?」
これまた、困ったような表情でクロードは笑っていた。
「ん……?」
帰る前、ノアールは荷物からアーズレーターを取り出す。
「もしもし……どうかしたのですか?」
『ノアール。残念だが、休暇はもう終わりだそうだ』
心底ガッカリしたような声がアーズレーターから聞こえてくる。
通話の相手は彼女の相棒であるカルーアである。どうやら、王都側から連絡が入ったらしく、緊急の仕事で戻ってくるようにと通話があったようだ。
エージェントという立場上、いつそのような連絡が寄越されるかは分かったものではないが、いざ来るとなるとやはり肩を落としたくもなる。折角のバカンスも一日で終了である。
『今夜には向こうに帰るぞ』
「了解なのです」
ノアールは通話を切ると、アーズレーターをしまう。
「仕事?」
「なのです」
クロードの質問に即答する。
エージェントは忙しい。ノアールも少し溜息を吐いているようだった。
「それじゃあ、私は帰るのです。お父さんもお母さんも、何かあったら連絡するように言ってるから、こまめにするように、」
「あ、ちょっと待って!」
ノアールが玄関のドアに手を伸ばすと、クロードは何かを思い出したかのように慌てて机の引き出しを開ける。
「あ、あの、これっ……」
取り出したのは、封筒だった。
中に入っているのは……結構な量の“お金”だった。
「仕送り。“ノアールが入れてくれてた”分……これ、受け取れないよ」
親から送られた仕送り。その中には、エージェントである“ノアール”からのお金もこっそりと含まれていたのだ。
あの可愛らしい封筒の正体は、妹からの仕送りだったのである。
「気持ちは嬉しいけど、さすがに妹からは受け取れない……生活費以外は、自分で稼ぐ。大丈夫だから、」
「それは」
兄としてのプライド、気遣いで金を返そうとするクロードにノアールは見向く。
「私の、せめてもの贖罪、なのです。一番つらいのはお兄ちゃんなのに、私はお兄ちゃんにああいう辛いことしか出来ないから……」
友人の前で冷たくあしらうあの行動。
ノアールはその行動に……この上ない罪悪感を抱いている。
「僕は気にしてないから大丈夫だって。気持ちだけでも嬉しいよ。だから」
「じゃあ」
突き出そうとする可愛らしい封筒を、ノアールはそっと押し返す。
「次にこっちで会うことがあったら、そのお金で御馳走してほしいのです。この街の美味しいレストランで……それでいいのです」
笑顔で半ば強引に、それならお互いに罪悪感も芽生えないだろうと発言。
「それに忙しいから買い物とかできる時間ないし。無駄に貯金もたまる一方だから、こう使った方が私にとっては有意義なのですっ」
ノアールは一向に仕送りを受け取るつもりはなかった。今後も、仕送りを送るつもりでいるのだろう。
「……そういう強引なところ。母さん程じゃないけど、本当にそっくりだよ」
ここまで強く行かれると、どう反論しても答えそうにない。大人しそうに見えるが、こういう強引な一面は母親にそっくりだという。
「えへへっ」
ノアールも又、悪いようには思わないと笑っていた。
いずれノアールは、ああいう強引な母親みたいに成長するのかと考えてみるが全くもって想像できない。クロードは少しばかり苦笑いしていた。
「御馳走もそうだけど、送ってきた分、お礼はするから覚悟しておいてよ?」
「楽しみにしておくのです!」
___また、こうして話せる日が来るといいね。
いつになるか分からない。だけど、その日が来てくれることを祈り、クロードとノアールは別れを告げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜22:00。
「さて、帰るとするか……準備はいいか?」
「大丈夫なのです」
カルーアとノアールはエージェントの制服に着替え、列車の来る駅へと向かっていく。
到着三十分前ではある。だが、万が一にでも乗り遅れないよう余裕を持っておくために、早めの時間に待機しておくことにした。
「じゃあ、駅へ向かうか」
「……あっ」
駅へ向かう途中、ノアールは足を止める。
「おっ」
対面。ギターケースを持った“アカサ”がやってくる。
偶然すれ違ったようだ。アカサはライブで呼び出されていたらしく、その用事の帰りだったようだ。
「もしかして、今夜帰っちゃう感じ?」
「お仕事ですので」
エージェントの制服に身を通しているその時は、エージェントらしく規律の良い態度でノアールは接している。
「あちゃー。残念だな~。私もノアールちゃんとおしゃべりしてみたかったのに……まぁ、仕事となったら仕方ないってね」
後日にでもノアールと会話するつもりだったアカサは残念そうに苦笑いしていた。
「……アカサさん、でよろしいですか?」
ノアールは頬をかいている彼女の目の前に立ち、頭を下げる。
「これからも、お兄ちゃんをよろしくお願いしますです。手が出る方が早くて、それでもって、おばあちゃんの真似事をしてるから気難しい態度ばかりかもしれないですが……優しくて、カッコイいいお兄ちゃんなのです」
立ち去る前。妹としての心からの願い。
エージェントしてではなく家族として。クロードへの純粋な願い。
「仲良くしてあげて欲しいのです。お兄ちゃん、ああ見えて、とても楽しそうにしています。だから」
「いやぁああ~~~っ!」
アカサはそっとギターケースを地面に置く。
「兄貴と違って素直なかわい子ちゃんだねぇー!! このこのぉ~!!」
すると、小動物を愛でるように抱き着いて来る。ぺこりと頭を下げていたノアールの頭を、これでもかと強く撫で続けるじゃないか。
「ぐむむむ」
今日は嫌に取り囲まれる日だなと、ノアールは感じていた。
「任せなさい! 君のお兄ちゃんは、私達が責任をもって面倒を見ておくから!」
「……お願いします、です」
これで、心残りがなくなったのか、ノアールは心から感謝するようにアカサから離れる。
カルーアと共に、駅へと向かっていく。
次はいつ会えるか分からない。でも、また会えることを信じて。
ノアールはディージー・タウンに、別れを告げるのであった。
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