48時限目「助っ人バイト【王都のエージェント】」


 王都。午前05:00。

 某所、酒場裏路地。



「ま、待ってくれッ! 謝るから許し……ヒィイッ!!」


 朝っぱら。男達の悲鳴が聞こえる。

 路地裏には力尽きた男達が倒れている。何れも急所を狙われている。


「ごっこ遊びじゃねぇ、本物、だっ……!」


 また一人。また一人。

 次々と……“小さな人影”に切り裂かれていく。


「なんでっ、」

 最後の一人が、布袋を手に取って全速力で逃げる。

「なんで、こんな“チビ”が強くて、エージェントなんだよォオオーーーッ!?」

 それが遺言なのか、或いは断末魔だったのか。

 最後の一人もやはり……“背中を引き裂かれ”倒れてしまった。


「チビって言うなです」


 倒れた男の影から現れる。


 王都のエージェント。それは、王族に認められた“最強の戦士”の一人の肩書き。

 その制服に身を包む、背丈の小さな少女が舌を鳴らして、男を見下していた。


「……よし、これで全員だな」

 同じく、エージェントの制服を身に纏った青年が寄ってくる。

「やれやれ。この仕事が終わったら、すぐにでも休暇を取りたかったのに」

「その言い分ですと」

 倒れた男達から、袋を回収していく。

 中身は金貨だ。取引などではよく見かけることになるお金だ。


「この後、別の仕事ですか?」

「ああ、今回の仕事は……“遠征”だぞ」


 エージェントの青年はガッカリと肩を落としながら、少女へ告げる。


「この仕事の報告が終わったら列車に乗って、遠くの街まで、とある仕事の助っ人をやってほしいんだと」

「貴方だけ?」

「お前はお前の都合があるしな。行くか残るかはお前次第だ。」


 確実にいかなければならないのは青年だけ。

 相棒である少女の方は、行くか残るかは本人の意向次第だと騎士団からの報告らしい。


「……残るです」

「だろうな。分かってたけど」


 深い溜息を吐いて、青年のエージェントは余計に肩を落とす。腰痛に苛まれそうなくらいにねじ曲がった体に悲壮感が漂う。


「まぁ、いいけどさ。ゆっくりは出来ないかもしれないが、お土産くらいは買ってきてやるよ」

「ちなみに、その仕事場は何処ですか?」


 全ての金貨を回収し、表通りに放置されてあった荷車に乗せる。

 金貨だけじゃない。男達の身柄もだ。足から引っ張るように男を引きずり、外で待たせていた“馬車”の中へと一人一人投下してもらう。


「ディージー・タウンだと。地図でも隅っこのド田舎だよ。全く」


 音楽だったり、文献文化だったり。そこまで暇はしないが田舎であることに変わりはない。軽い島流し気分を味わうように顔色を悪くした青年エージェント。



「……行く」

 

 しかし、そんな矢先。



「え?」

「行くです。と言ったのです」


 聞きなおしてみたが、少女の返答はやはり同じ。

 さっきまではいかないと言っていたはずの少女は、前言撤回を宣言するまでもなく、同行を申請したのだ。


「おいおい。どういう心変わりだよ」

「……個人的に用事があるのです」


 全ての男を収容し、馬車は通り去っていく。

 残された青年と少女の二人は、城に向かって歩き出す。


「まぁ。着いてきてくれるのは別にいいんだけど。俺が暇しなくて済むから……でもいいのかい? “例の件”に関しては?」

「……知り合いに任せるのです」


 青年が心配することはない。少女はそう言い切った。


「んじゃ、昼には出発だから、ちゃんと親御さんには遠出を伝えておけよ?」


 列車の出発まで八時間。長くはない。仮眠をとるにしても、中途半端な時間だろう。

 その間で準備をしなくてはならない。成年は少女に対し、軽く注意を促しておいた。



「“ノアール”」


 少女は名を呼ばれる。


「……了解です」


 すると、少女の方も軽く首を縦に頷いた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 後日。ディージー・タウン。

 街外れ、関係者以外立ち入り禁止区域地帯。古代遺跡前。



「よし、全員揃ったな」


 その場に揃うのは、ディージー・タウンに属するギルドの面々と、それに協力する“魔物退治のスペシャリスト、ブルーナ・アイオナス”。

 制服姿ではない。今日は休暇の為、私服姿に、アイオナス家のワッペンを着けている。今日は仕事として、その場にいるようだった。



「ここ最近、このあたりで行方不明が相次いでいるという……街の人間もそうだが、外から来た研究員も次々と、だ」


 行方不明事件。それは密かに、最近になってディージー・タウンでも噂されていたことだった。

 

「その原因を探る。魔物の可能性が高い……今日は遺跡の調査がメインとなる。迷子にならないように最低二組で行動するよう心掛けろ。何かあったらすぐに助けを呼べ、いいな?」


 行方不明の原因を探るため、腕利きの魔物ハンターが出そろっている。

 依頼主からの指示を受け、ギルドの面々が次々と、遺跡に入るための準備として、アイテムの確認を怠らぬようチェックする。



「しかし、規模が小さいわけではないけどさ……これくらいの仕事、ロックウォーカーのお坊ちゃんがいれば楽チンじゃないのさ?」

「残念だが、そのお坊ちゃんは別の仕事で外に行ってるらしい。王都でもエージェントの一員として欲しいと言われるくらいの逸材だしな」


 たまたま、別の仕事の為に不在のようだ。

 出発したのは数日前。行方不明事件の話が大きくなる前だったという。いないものはしょうがないと、ギルドの面々は息を吐く。



「そういえば、ここ最近……こんな目撃報告もあったな」

 準備を終え、ギルドの面々は遺跡の入口へと移動した。

「“アホみたいにデカい蛇の魔物”をこの辺で見かけたってさ」

 不穏な言葉を、残しながら。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……ありがとう、クロナード。協力、感謝する」


 ブルーナは銃の手入れをしながらお礼を言う。


「いえ。どうせ暇だったので」


 その場にいるのは、同じく私服姿のクロードだ。

 今日の学院は休み。特に予定もなかったので、小遣い稼ぎにこの仕事の協力を引き受けたようである。


 クロードはこういった仕事で結果を出している。遺跡探検は初めてのようだが、戦力としては充分に期待できるだろう。


「……んで、」

 すると、ブルーナの視線はクロードの後ろへ。


「何故、お前達までいる」


「いやぁ~! 最近、デカい買い物をしちゃって今月ピンチなので! 小遣い稼ぎに」

「遺跡探検と聞いて来ないわけがないだろう。置いていくんじゃないよ」


 見慣れたメンツ。

 アカサとロシェロ。滅多なことでは外に出ないロシェロを珍しく思いつつも、声をかけていないはずの二人が何故かいることにブルーナが指摘した。



「今日はブルーナ先輩のところで仕事をするって言ったら、ついてきて」

「……別にいい」

 それといって問題があるわけではない。

 ただ、興味で一人独断行動を取りそうなロシェロ、こういった仕事に不慣れであることに間違いないアカサ、この二人が非常に不安だ。それに対し、釘だけは差しておく。


「今日は、男子の面々はいないのか」

「ソルダさん達は別のバイト。マティーニさんは塾があるらしいです」


 男子の面々は用事の為、来ないようだ。

 そもそも、声をかけるつもりは更々なかったようだが。




「ちょっといいかい?」


 銃の手入れを続けるブルーナ。

 そこへ一人、青年が声をかけてくる。


「……貴方は?」

「【カリュア】と言います。助っ人として遠くから呼ばれまして」


 助っ人。遠くから呼ばれた。

 ブルーナは青年の制服に目を通す。


「……王都のエージェント、ですか」


 見覚えがあるという制服。ブルーナは途端に姿勢を整え、びしっと背筋を立てた。


「そんなに畏まらなくてもいいですよ。今回は同じ仕事仲間ですし、それに、貴方の活躍はギルドの方々から聞いておりますので」

「恐縮です」


 元より礼儀作法はなっているブルーナであるが、今日はいつにも増して身を引き締めているように見えた。



「王都の、エージェント?」

 アカサは首をかしげている。

「王都に属する魔法使い。王族に認められたスペシャリストですよ」

 王都出身であるクロードが答えた。


 王都の騎士団直属のエージェント。数多くの事変と難事件の解決に回る戦士達。王都のヒーローのようなものだと、クロードは語った。


「……エージェント、か」


 ふと、クロードは息を漏らす。


「「?」」

 何かあったのだろうかと、アカサとロシェロの二人は首をかしげる。

 いつの日か見せた曇った表情。久々に見せた表情だったもので、当然反応もする。



「自分たちは、ブルーナさん達と一緒に行動するように言われまして」

「おひとりですか?」

「いえ、相棒がいます。そちらも一緒に」



 青年がそう告げると。

 一同の元に……制服姿の少女が現れる。



「___ッ!!!」


 瞬間。

 クロードの目が見開いた。



「はじめまして」

 小さな背丈。馬の尻尾のように纏められた黒いポニーテール。

 エージェントとは思えない見た目の少女が、軽く一礼をしたのちに自己紹介をする。



「【ノアール・クロナード】です。どうぞよろしく、です」

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