49時限目「開いた溝【クロナード兄妹】(前編)」
エージェントの少女の姿を目にした途端、クロードは固まった。
「スカーレッダ君……私の聞き間違いでなければ」
「ええ、私も聞き間違いじゃなかったら」
アカサとロシェロは少女の名前を聞いた途端に、クロードと同様のリアクションをしていた。
「“クロナード”って……?」
クロナード。
その苗字は、クロードと同じもの。
「ノアール・クロナード?」
当然、ブルーナも同様に反応を示していた。
「失礼。もしかしてだが……貴方は、そこにいるクロード・クロナードの親族、でございますか?」
クロードは家族が王都にいるとは言っていたが、姉か妹がいたかどうかまでは聞いていない。最低限存在が確認されているのは両親のみだった。
初めて現れた姉か妹の存在。見た目からすると妹のように思える……クロナードという苗字、そして、クロードの反応。ほぼ、決まっているようなものだが、念のために探りを入れてみる。
「やめてください」
家族であることを否定こそしなかった。
「“あんな恥晒し”を、兄だとは思いたくないです」
しかし、ノアールはクロードの“存在そのもの”を否定しようとしていた。
「恥、晒し?」
アカサはその言葉を前に難色を示す。
「それ以外に何だというんですか」
ノアールは悪びれもせず、クロードに対して視線一つ向けることなく話を続ける。
「魔法使いとしてあるまじき行為をして謝罪もせず、罪を償うどころか、こうして里を離れて一人雲隠れをしてノウノウと過ごしている……苦しんでいる両親たちの事も考えず、自分だけ良ければと思って……恥知らずにも程があるのです」
それは、あまりに辛辣な言葉の連続だった。
「控えめに言っても“クズ”です。私はあんな“クズ”と一緒になりたくないです」
完全否定。侮辱、罵倒の繰り返し。
クロード・クロナードは、魔法使いのエージェントとして優秀だった“クロナードの血”に大きな泥を塗っただけでなく、その独断の行動により多くの人間を不幸にした。
そんな彼が、こうして王都から離れた里で一人静かに暮らしている。それに対し、ノアールは舌打ちと嫌悪の表情をこれでもかと浮かべていた。
「……ノアール。そこまで言わなくてもいいんじゃ」
本人が嫌がってるにしても、カルーアは指摘する。
エージェントとしての礼儀についても当然だが、幾らなんでも“久々に会う知人”に対して、そこまでの辛辣さは流石に気の毒に思ったのだろう。
「クズにクズと言って、何が悪いのです」
ノアールは一人歩き出す。
歩く先には兄であるクロードがいる。しかし、その視線は兄になど向けられておらず。
それといった挨拶を交わすこともせず、素通りする。
「こんなクズみたいな人間」
クロードを通り過ぎる手前。ノアールは呟いた。
「とっとと腐って、死んじゃえばいいです」
信頼どころか、尊敬の言葉も何一つない。
「早く仕事を終わらせるです。こんなクソみたいな人と、同じ空気を吸いたくないですので」
その言葉は、侮辱と罵倒を通り過ぎた……捨てセリフだった。
「ちょっと……!」
一人、走り出す。
「待ちなさいよッ!!」
アカサだ。
彼女は走り出すと、クロードに挨拶一つ交わそうとしないノアールの右肩を掴んだ。たった一人、遺跡へ単独行動を行おうとしたノアールを引き留めた。
「アンタッ……そこまでっ、」
「気安く」
瞬間、空いた右腕を、ノアールはアカサの腹へかざす。
「___ッ!?」
吹っ飛ぶ。
アカサはノアールの右肩を手離し、その場を転がるように押し飛ばされた。
「触れるな、です」
原理も種類も違う。だが、この高速発動に視認不可能の見えない攻撃。
“クロード・クロナード”と同じ風の魔術を、ノアールはお見舞いしたのだ。
「いっつつ……ッ!」
「スカーレッダさん!」
擦りむいたアカサの元にクロードが駆け寄る。
「エージェントの活動を妨げるのは執行妨害になるのです。最悪の場合、牢獄行きもありえますです……全く、それくらいの道徳さえも分かっていないなんて」
やはり、ノアールは振り向くことはしない。
「“クズ”には“クズ”が寄り添うものですね」
やはり、返したのは謝罪も何もない罵倒。
エージェントという立場だからこそまだ許されている。事と次第では罪に問われる侮辱をこれでもかとぶつける限りであった。
「スカーレッダさん、膝が、」
「アンタっ……!!」
傷ついた膝に対して何の反応も示さない。
ただ、息を荒げながら、アカサは立ち上がり続けるだけだ。
「アンタはっ……アンタの兄貴が、どんな想いをして、ここに来たと思ってッ……!!」
叱責を続ける。
クロードはクズなどではない。一人ノウノウと、何も考えずに楽して不幸から逃避して生活している卑怯者なんかではないと言い続ける。
ずっと、苦しんでいる。
本当なら今からすぐにでも帰って家族に会いたい。でも、家族の想いも無駄にしたくない。ここへ来ることが正解だったのかどうか。今もずっと、クロードは己の犯した行為の後悔と迷いに苛まれて続けている。
「黙って聞いてればウダウダとッ……フザけんなッ!!」
それだけ、クロードは他人の事を想っている。
それを分かりもしないで好き放題に喋りまくる。相手が国家エージェントであったとしても、アカサは黙って聞いていることなど出来やしなかった。
「……スカーレッダさん。もう、大丈夫です」
クロードは、アカサを止める。
「アンタはそれでいいのかッ!?」
「……これ以上は、本当に執行妨害の罪に問われかねない。あまり問題を起こさない方がいいです」
学生の身分。あの出来事は正当防衛であったとはいえ前科があるアカサはこれ以上の問題を起こすわけには行かない。クロードはアカサの暴走を何としてでも食い止める。
「……それに、こう思われても仕方がない事を、僕はしているんです。僕に何か言う資格なんてない……ないんだ」
「そんなんで納得して、」
「これば“僕の問題”なんだッ!!」
声を、荒げた。
普段の大人し気な声なんかじゃない。彼の、素の声だったのかもしれない。
「……気持ちは凄く、凄く、嬉しいけど」
震えながら、気持ちを抑えてクロードは言う。
「これ以上っ、僕の問題で、誰かを巻き込みたくはない……!!」
心の底からの願いだった。
こんなくだらない事で首を突っ込んで人生を不意にしないでほしい。
“己自身も人生をメチャクチャにされ、その周りも不幸に苛まれた。”
当然の代償。当然の罪。そんな当然に意を唱えてほしくはない。
これ以上。誰かの不幸を見たくない。それが彼の願いだった。
「……」
アカサは、苛立ちながらも引き下がる。
クロードが言うのならこれ以上は前へ出られない。こみ上げる気持ちを、抑えることしか出来ないのだ。
「早く行きましょう。皆さん、もう行ったみたいですし」
ギルドの数名は遺跡の探検を開始した。唯一遅れてしまっているこのメンバーも出発しなくてはならない。
クロードはそう告げると、一人、遺跡に向かって歩き始める。
「ノアール」
エージェントの少女とすれ違う寸前。クロードは話しかける。
「僕の事をどう言おうが構わない」
それが、数か月ぶりに交わす兄妹の会話となる。
「……でも、あの三人の事を悪く言ってみろ。そこだけは黙れないから」
説教、というよりは警告だった。
とても家族のやる会話だとは思えない。
あまりに深すぎる溝が二人の間にはあった。視線を交わすこともしなければ、会話もドッジボールのように一方通行。見ていてあまりにも空気の狭い会話。
一同は、そんな二人を見て胸を締め付けられる一方だった。
あまりに胃が悪い。ギスギスとしすぎた、この光景を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ブルーナ達のチームはギルドとは逆方向の道を歩き始める。
この遺跡はある程度人間の手が回っている。仕掛けられていた罠も解除されており、途中までなら安全に進められるよう確保されている。
「ここまでが、安全区分だな」
線引きを確認する。
安全区分までの間、それといって異常は見られなかった。となれば、行方不明の原因はもしかすれば、その奥にいる可能性がある。
「大丈夫ですかね。エージェントがいるとしても、こんな奥へ進んで?」
「ノー・プロブレム!」
心配ない。古代語でそう語るロシェロは人差し指を突き立てる。
「そういう時は、『ドキドキ遺跡探検16号』が大活躍だ!」
___何処から取り出したのだろうか。リュックサックもなかったのに。
ロシェロが取り出したのは、魔法石が沢山埋め込まれた棒。その先端には“アンテナ”と呼ばれるものがついている。
「……16号ってことは、15回くらい改修してるんですよね。アレ」
見るからにガラクタのアイテムを前に、クロードは不安を感じる。
「ああ、いや。出てくるたびに数字メチャクチャ変わってるから。前は43号だったし」
「ロシェロはアレを使って、何度も遺跡から生還している。安心しろ、見た目に反して高性能だ、アレは」
アカサとブルーナの二人が、あのアイテムの信憑性を提示してくれたことで軽く息を吐いた。
ドキドキ遺跡探検16号は、熱反応を探知してそれを知らせてくれるアイテムだそうだ。
トラップ、生き物。何れも判別してくれるのだという。ちなみにその判別機能は11号から追加されたらしい。
「ふむふむ……むむっ! これは生体反応! 奥に何かいるぞ!」
アンテナを手に走り出すロシェロ。
「あ、ちょっと!」
クロードも慌てて彼女を追い、ブルーナとアカサも追いかける。エージェントの二人も、四人がはぐれないようにと目を離さない。
……辿り着いた先は広間だった。
松明一つない、奥の見えない真っ暗闇の大広間。
「___っ!?」
途端。走り出す。
「さがるですッ!!」
ノアールが四人の前方に出る。
そして、“風”を放つ。
「「「「……!?」」」」
まだ、何も見えていない。
しかし、四人は感じ取った。
“とてつもない大きさの何かが、奥まで吹っ飛ばされた物音”を。
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