47時限目「学院キラー【ゴォー・リャン】(後編)」
ゴォー・リャンの体は宙を浮いている。
間一髪のチャンスで放たれた割風砲はゴォー・リャンを一瞬で飲み込み、上空へと吹っ飛ばしていく。
「ぐぅううッ!?」
ただ、飛ばされるだけじゃない。
空気の刃が複数仕込まれた竜巻の中では無尽蔵の攻撃が襲い掛かる。無防備なまま体を揉みくちゃにされている状況。防御も出来ない攻撃の嵐にゴォー・リャンはダメージを帯びていく。
(……ここだけ、足元が抉れてる?)
何もないところでコケるなんて大失態を犯したのか。不安になったクロードは地面を見る。
そこにあったのは、男子一人の脚ひとつ躓かせるくらいには大きな穴。クロードはそこに足を突っ込んでしまい、姿勢を崩してしまったわけである。
(手入れされてなかったのかな……おかげで、助かったけど)
カッコの悪いところを見せたとはいえ、この穴のおかげで攻撃をかわすことが出来た。そして、相手を油断させることが出来た。
(でも____)
不意な一撃を叩きこむことが出来た。
だというのに、クロードの顔は今も……“不安”を帯びたままだ。
クロードの視線は地面から、天空へと向けられる。
乱暴に横回転しながら吹っ飛んでいくゴォー・リャンへと。
「クッハァアッ!!」
割風砲から脱出し、自由を取り戻したゴォー・リャンの体が落ちてくる。
……不意な一撃なうえに、姿勢も不安定だった。
その状況で確実な狙いを定められるはずがない。微妙な角度、やや狙いが外れていたためにゴォー・リャンは致命傷になる前に風から脱出することが出来た。
「ハァッ、ハァッ……ひぃい、危なカったぜ……」
ゴォー・リャンは着地をすると、汗を拭う。
制服は風のおかげで皺塗れだ。ただでさえ、特徴的だった髪の毛も乱れに乱れてボサボサになっている。表情は愉快なまま、ケタケタと笑うのみだ。
「だが、それくらい強い方がよォ~」
そっと、ゴォー・リャンは制服の上着のボタンをはずし始める。
「“撃墜”のし甲斐がアルってなァアッ!!」
勢いよく、上着のジャケットを広げた。
内側には……大量の“ボタン”が飾られている。
この学園の制服のボタンだけじゃない。見たこともない学園の制服のボタンが数え切れないほどにジャケットの内側に貼り付けられていた。
「俺は強い奴を倒すコトに達成感があってなぁ……ソイツを倒した記念に、ボタンをいただくんだよ。撃墜した証ってやつだ」
彼にとっては、勲章のつもりであるらしい。
ジャケットの裏に飾られたボタンを見る度、当時のバトルの事を思い出しているのか大笑いしている。
「お前も一年坊にしては強者って聞いたぜ……ジーン・ロックウォーカーが期待するほどだってな。そんダケ強い奴がいるって聞いて、俺はわざわざ帰って来たってわけだ」
他の学園で、生徒狩りをしていたというゴォー・リャンの笑みがより深くなる。
強い奴と戦えることへの喜び。それは綺麗ごとでも何でもない、本物の趣向のようである。
「……アト、2分だなぁ」
模擬戦の試合は五分。それ以内に決着をつけなければ引き分けだ。
「ヨォ、一年坊。提案が、」
ボロボロに近い体を。爪を鳴らし、ゴォー・リャンは自身の体を捻じ曲げる。
「あるの___だけドよォオオオッ!!」
横に回転する。
クロードの風を利用して回転しているわけでもなく。
己の力で。爪を前方にかざし、体を伸ばして勢いよく回転。
“そのまま、自身をドリルのように見立て、クロード目掛けて飛んでくる”。
「……ッ!!」
瞬間、回避。
撥ね殺される前に、クロードは慌ててその場から飛び込んだ。
(あれだけダメージ受けても、あんな動きがっ……!!)
致命傷ではなかったとはいえ、あれだけの傷を負えば、もう派手な動きは出来ないはずだ。だが、ゴォー・リャンは涼しい顔をして、とんだ大技を最後の切り札として出してくる。
ドリルの弾丸のように吹っ飛んできたゴォー・リャンは一度、コートの端で着地。
「……引き分けだなんて結果じゃぁ、お互い納得いかねぇだろ~?」
またも、爪を鳴らしながらゴォー・リャンは言う。
「興味本位でロックウォーカーに“本気”を一瞬出させタっていう、お前の最大火力をぶつけてみろよォ。お前の本気をよォ、俺にぶつけてくれよォオオオーーー!!」
四の五のまでは言わない。再びドリルのように回転し、ゴォー・リャンがクロードに迫ってくる。
(……あの爪、魔力の分解・分散能力があると言ってた)
バリアだろうと、攻撃魔法であろうと。容赦なく粉々に粉砕してしまう。
最大火力の割風砲を打とうにも、最大火力をもってしても形にはまだ不安定さが残っている。完風総甲を突破しかけた爪による攻撃。あれだけの突進速度。おそらくだが……分解される。
それを除いても、あれを迎撃する為の魔術を準備する時間がない。敵はもうそこにまで迫っている。
「……望む、ところッ」
だが、クロードは攻撃を回避しようとしなかった。
「受け止めてやるッ!!」
ならば、精度がある程度極まっている“防御面”で勝負を仕掛けることにする。攻撃には一切ステータスを振らず、防御の全部振る勢い。いつもの五倍以上は濃密な防御結界を、クロードは身に纏った。
「ギヒャヒャヒャッ! いいねぇ、その逃げない姿、男だねぇッ!!」
結界に受け止められたゴォー・リャン。
しかし、そこから回転をやめるつもりはない。より回転を上げ、クロードの完風総甲を突破しようと抉り続けてくる。
「……っ!!」
クロードはより、装甲を厚くする。
なんとしてでも受け止める。そして、敵の攻撃が解除された瞬間に割風砲を叩きこむ。それで試合終了だ。
魔術を分解する爪、接近した相手を粉みじんにする防御結界。
二つの技の最大火力のぶつけ合い。より鮮烈さを増していくが、互いに魔力がそこを尽きかける為に長くは続かない。
「くっ……うううっ!!」
クロードの防御結界が分解されていく。解除にまで。
___だが。
「チィイイッ!!」
防御結界を突破したと同時……ゴォー・リャンも“技”を解除した。
相当厚くされた防御結界は、ドリルのように迫る敵の勢いを殺す事に成功したようだ。
(あとは、これでっ……)
片手を構える。
最早、首の皮一枚つながっている程度の薄い防御結界。爪の一振りで刃が身に触れる程になってしまった結界を解除し、片手を突き出す。
移行しなくてはならない。防御から、攻撃へと。
ゴォー・リャンをステージ場外へと吹っ飛ばす威力の風を放つために。
「……終わりじゃ、」
しかし、その瞬間を見逃さない。
ゴォー・リャンの目的は達成されている……防御結界を“破壊”寸前にまで追いやる。そこまで、消耗させた事を。
「ねぇんダよッ!!」
技が解除されても尚、体が宙に浮いたまま。
“ゴォー・リャンは爪をクロードの胸に目掛けて突き出した”。
(あの姿勢でッ……!?)
片手を突き出した頃にはもう手遅れ。
(ダメだ……防御も回避も間に合わない……ッ!)
防御に回す魔力はもう残っていない。何より、攻撃魔術を今から解除して防御に回るにしても、向こうの爪が届く方が早い。
かろうじて可能性をかけて解除。回避をしようにも……爪が、胸に届く。
「俺の勝ちだァアアッ!」
爪の先端が、クロードの胸に差し込まれた。
「……ンッ?」
感覚はある。何かを貫いた感覚は。
だが、それにしては……ゴォー・リャンは、何か実感がない。
むしろ、違和感が来る。
何か……“別の物を貫いた”だけのような気がして。
「今日の僕はっ、」
爪はクロードの胸に刺さったまま。油断で完全に無防備となったゴォー・リャンに片手を突き出す。
「運が良いっ……!!」
割風砲だ。
最後の一撃。残った魔力を、ゴォー・リャンにぶつけた。
「何ィイイーーーッ!?」
爪は胸から抜け、ゴォー・リャンはそのまま吹っ飛ばされていく。
今度はクリーンヒット。抜け出す余裕すら与えない。回転しながらゴォー・リャンの体は、コートの場外まで吹っ飛んでいく。
地面を転がり、場外を確認。
___審査員を請け負っていた生徒が手を上げる。
その瞬間、クロードの勝利が宣告された。
(……胸に仕込んでおいた手帳とか懐中時計が、敵の銃撃から身を守ってくれるっていう話を小説とかでよく見るけどさ)
魔力を撃ち切ったクロードはそっと片膝をつく。
(あれ、僕が“体験”することになるなんてさ)
そっと、貫かれたはずの胸に手を伸ばす。
“コミック”だ。
読めと脅迫されて、内側の胸ポケットに放り込まれていた漫画。それが最後の盾となった。身も間一髪で後ろに追いやったことで、ゴォー・リャンの爪はギリギリ、その身に届かなかったようである。
(……弁償かなぁ、これ)
そっと、胸ポケットを見ると。漫画が綺麗に貫かれている。クロードは何処か理不尽に顔を歪めながら溜息を吐く。
「……きっひッヒ」
場外にて、ダイノジで倒れているゴォー・リャン。
「ぎひゃひゃひゃひゃっ!!」
すると、大笑いしながら立ち上がったじゃないか。
(まだ、立てるのか!?)
今度こそ致命傷のはずである。だが、ゴォー・リャンは何事もない表情でクロードを眺めているじゃないか。
「いいねェ! 気に入ったぜェ!!」
人差し指を突き出し、ゴォー・リャンは雄たけびを上げる。
「やっぱ、コッチは強い奴が多くて身がひきしまるねェ……外の連中はドンなもんかと旅してたが、やっぱ故郷が一番腕を鳴らせるゥ~ッ!!」
大笑いだ。負けたのに豪快に。
「ヨッシャ! しばらく、こっちに残るとするかッ!!」
何事もなかったかのように、演習場から去っていくゴォー・リャン。
「今日はこれくらいにしといてやるッ! また、やろうぜッ! ぎひゃひゃひゃッ!!」
本来はダサい捨てセリフであろうと、彼は何の恥じらいもなく吐き捨て、カッコをつけることもなく姿を消した。
「……えっと、勘弁願いたいんですが」
「大丈夫か、おい。あと、漫画」
嵐のように去って行った通り魔。
ただ、ポカンと口を開いているだけのクロードの肩に、アカサはそっと手を乗せるだけだった。
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